車窓からはところどころ真新しい高架が目につき、坂元駅には「2016年12月末までに運転再開!」という文字があったので、復旧工事が進んでいることを嬉しく思いました。宮城県最後の駅、新地から竜田までがJR東日本最後の未乗区間。バスは亘理を出て1時間ほどで終点の相馬に着きました。途中で何ヵ所か「ここより東日本大震災時の津波による浸水区域」という標識を見かけ、直接海が見えない場所にまで到達する津波の恐ろしさを感じました。自分の中でも東日本大震災の時のことを思い出す機会が減っていて、多くの人は記憶の風化が進んでいると思います。しかし、津波到達区域の標識やまだプレハブのままの仮設の町役場を見ることで、まだ災害は終わったけど終わっていないのだということを感じました。

建設中の「新」坂元駅

相馬駅
話を戻すと、東北本線の遅延により仙台での昼食調達に失敗したので、ここのNEW DAYSで買い食い。200円近くしたものの、「仙台味噌カツおにぎり」というのがボリューム、味ともに良かったです。相馬からは短いものの、原ノ町までの電車区間。これも車両はロングシートの701系1000番台でしたが、自分の中でバスと比較すると「鉄道に乗れる」こと自体が幸せに感じました。

途中、日立木、鹿島と止まって18分で日の入り直後の原ノ町に到着。ここから竜田までは再び代行バスに乗ります。ただ、こちらはきちんと接続を考えてくれているので北海道の時ほど不便さは感じませんでした。このバスはバスガイドの方も付いていました。彼女はにこやかな人ではあったのですが、「福島第1,第2原発の近くを通るから窓は絶対に開けないで下さい」と乗客に強く念を押していました。
途中からは国道6号線の自転車やバイク、歩行者の立ち入りが禁止されている区域も通りました。原発そのものは見えなかったのですが、放射性物質という脅威は目には見えない危険であるというのがやはり恐ろしいと感じました。原発は少ないエネルギーで多くの電力を作ることができ、町に雇用を生み出すというメリットがある反面、このような重大な事故のリスクがあります。原発に限らず、物事は常に利益と危険性の両面を見ていかなければならないと思いました。
時刻表には所要時間1時25分と書いてあったものの、実際には1時間ちょうどで竜田に到着。あたりは1,2件明かりが付いている家はあるものの、ゴーストタウンのように静まり返っていました。バスから降りた鉄道ファンらしき人は皆駅に行き、この街へ出ていく人はいませんでした。一刻も早い原発事故の収束と街の再建、そして常磐線の復旧を祈ります。

↑常磐線代行バス、↓415系1500番台(竜田にて)

竜田からは415系1500番台のいわき行きでいわきへ、いわきでE501系の水戸行きに乗り換えました。このE501系はかつてシーメンス社の「ドレミファインバータ」と呼ばれるモーターを付けていたほか、上野にも顔を出していました。(現在の運用は土浦まで)10両編成でロングシートなため、車内はガラガラでした。この列車は大津港で後続の特急に抜かれるため、撮影に挑戦したのですがタイミングは合ったもののややピンぼけしてしまいました。

E501系とE657系(↑:いわき、↓:大津港にて)

これは水戸行きですが次に乗り換える上野行きに始発から乗って座席を確保したかったため勝田で下車。勝田駅の1番線にはひたちなか海浜鉄道の列車が止まっていました。無事にボックスを確保した後夕飯を買いに改札の前のNEW DAYSへ。最初は駅弁を買おうと思ったのですが、これ!といったものがなかったため、たまたま目についた鴨南蛮そばにしました。途中の佐貫では放送で関東鉄道竜ヶ崎線の時刻をお知らせしていました。取手を過ぎたあたりでトイレに入ったのですが、少し前に金髪の頭が悪い変なのが煙草を中で隠れて吸っていたらしく、においが充満していました。
この列車で一気に柏まで行き、あとは常磐線各駅停車と武蔵野線で家に帰りました。北柏を通過したあたりで東京メトロ6000系の代々木上原行きを抜かしかけたのですが、再び抜き返されて結局柏では次のE233系2000番台を待ちました。
旅行を終えて、JR北海道と東日本の全線完乗はなしとげたものの、どちらも代行バスだったので是非また復旧したあと鉄道で乗りたいと思いました。(常磐線は何年後なるか分かりませんが……)
また、デジカメの充電器を忘れて3日目以降はほぼ携帯での撮影になってしまいました。今回の教訓としては①忘れ物をしない②1人での都市間移動にタクシーは禁物の2つが挙げられました。
さらに、帰ってから録音した放送を聞いていたところ、ノースレインボーエクスプレスの終点稚内到着時のものが印象的でした。この車両は放送用のマイクの下にオルゴールがついていて、放送の前のメロディーにこのオルゴールの音色を使っていたというのが珍しいと感じました。