
結局、発車時刻になっても客は0でした。

わずか2.2kmの支線なので、あっという間に仙崎に到着。趣のある駅舎でした。

折り返しは美祢線直通の厚狭行きで、こちらには数人人が乗ってきました。
このまま終点の厚狭へ。以前乗った区間だというのもあり、外を見たり寝たりしていました。
厚狭からはひたすら山陽本線で東に向かいます。最初に乗った新山口行きは末期色になってはいたものの、座席、窓ともに115系らしさが残っている300番台の編成でした。車内からは荒々しい日本海とは違い、波の穏やかな瀬戸内海の景色が続いていました。
新山口から岩国までは窓がゴムになっている食パンの115でした。こちらは2両で混んでいたためボックスシートがとれず、仕方がないので2人がけのロングシートでパソコンの作業などをしていました。また、朝食にありつけていなかったので徳山の20分停車を利用して買い出しに行きました。

岩国から乗ったのは同じく末期色の115ですが転クロ車でした。これに乗って糸崎まで。

途中で初めて227系を生で見ました。(写真は大野浦にて)

新駅の新白島、昨夜日付をまたぐ一戦が行われたマツダスタジアムを過ぎていよいよ未乗区間の始まる海田市へ。

海沿いを走る呉線とは異なり、川のせせらぎや山の景色がきれいな山岳路線といった雰囲気でした。悔やまれるのは見どころである「セノハチ」で少し寝落ちしてしまったこと!一瞬四国を通ったりして(このネタしつこい)糸崎へ。

↑次は「こうち」駅。もちろん高知ではない。
糸崎からは広ヒロから岡オカに車両の所属は変わったものの、相変わらず末期色の115。これは和気行きですが、接続が悪いので岡山で赤穂線に乗り換え。(和気では後続の相生行きを待たなければならず、相生で接続する新快速は播州赤穂始発なので座れない確率が高い)岡山ではアンパンマントロッコと、トワイライトのHMをかかげたEF65の通過が見られました。(なお、このEF65牽引のトワイライトエクスプレスは友達が明石で撮っていたらしいです)
赤穂線は最初はかなり混んでいましたが、長船でようやく座れました。車両は厚狭からずっと末期色の115でした。この赤穂線に乗車中、撮り鉄が多数いたので何かと思ったらDD51の貨物と湘南色115とすれ違いました。
終点の播州赤穂からは草津行き新快速に乗車。車両は223で、ようやく115系末期色を抜け出しました。このあとは一気に新大阪まで行き、そこで知り合いと食事をした後新幹線(新大阪始発のひかり)で東京に帰りました。

↑なぜか京都の写真を。
これで、JR西日本の在来線は山陽本線を最後に全線完乗を達成しました!
9月の第1週に北陸新幹線で金沢に行く計画があったのですが、部活により断念したため次はいつ更新できるか分かりません。
忘れた頃にでもまたのぞいていただければなにかしらの進展があるかもしれないので、たまに見てもらえれば幸いです(^o^)/
明日からは家族で北海道へ。ではでは~。