English Bay が 遠くに見える キツラノビーチにいます
こうして beach で jounal するの きっと last だよ
バイト前のなおと 今までずっとベンチで talk してて
一人になりました
土曜日のせいか 曇った天候だけれども 人がたくさんいます
海に飛び込んでいるのは dogs ばかりだけれど
子どもづれの人たちをよく見かける
ひとりっこの子ども連れの 2組が会話をはじめて
子どもたちに挨拶させようとしているの
とってもかわいいよ
犬をヒモなしで 自由に横を走り回らせて
ヨチヨチ歩きの子どもの腰に ベビーロープをつけて
お父さんがひっぱってる
とってもかわいい光景です(^-^)
子どもを連れてきたお父さんは
がんばってお父さんが砂を掘って何かをつくってる
こうして親子を見ていると
本当に子どもって Jr.(Junior) だなって感じるよ
自分の 2世だもんね かわいい
Junior を見てる親の目が とってもやさしい
Dearest my friends, final
dearest my friends, いつか私たちも Mother になるのかな
24歳― もうすぐかな とも思ったり
でも 私の周りでは まだもう少し先のような気がする
今は自分が一番大切で これからやってみたいことや
想像以上の未来がある って 夢をもってるけど
いつかそらは Mother になりたい
自分とおなじくらい それ以上に大切に思える人と
その人との 2人の Junior の Mother になりたい
そのときはきっと 頭にあるのは 大切な家族のことで一杯なんだろうな
人間の形成は 生まれる 20年前から 両親によってはじまっている
って 教育学の授業で恩師が言ってた
そらは そらのお母さんの 5歳のときから
お父さんの 11歳のときからの
それぞれ 2人が見たもの 学んだもの 感じたものの形成を積み重ねて
育てられてきたんだ
少なくとも あと 20年後には そらも Mother になっていると思うから
今のこの そらの心のゆとりを 未来の Junior にわけてあげれるといいな
子どもだったはずの私たちは いつ大人になったんだろう
働いて 自分が世帯主の家に住んで
すべての名義人が自分になっているときは
社会人なんだって
社会の中で生きている いつ大人になったのかなぁ
って 思ってたけど
そのすべてを捨てて 社会から抜けだした私は
日本に帰ったらふたたび親の保険の中で
扶養家族として名前が記入されている
でも だからってもう子どもじゃない
24歳だからじゃなくって
子どもの知らなかった大人の世界を見たからじゃなくって
自分の責任は自分にあると思うから
何をしようが その結果 傷つこうが 自分でがんばらなきゃ
だからこそ 自分を大切にしなければならないと思う
海のように 山のように 限りない未来を
しっかりと目をひらいて 大きく羽をひろげて
高く高く 羽ばたいていきたい
そら
two days before leaving Vancouver, leaving Canada,
ending my 202days journey