202days、たくさんの人に出会うことができました。
まずは バンクーバーに 4年ぶりにやってきた数日後、
軽い気持ちで、ドナに会いに行きました。
ドナはいつもとても元気いっぱいの人で、
見た目は本当に普通の女性だったけれど、
ともかく明るく、人間的な魅力にあふれている人でした。
すごくハンサムな彼氏マーティと一緒に暮らしてて、
みんなの憧れだったくらい、彼女の人間性がすばらしかった。
その後の手紙のやりとりでは まったくわからなかったけれど、
4年ぶりに再会した彼女は、人相も、姿も、別人になってた。
原因はマーティとの別れ、それを期に すべてを失ってしまったんだって。
次の恋をする気にもなれず、せめて以前のように留学生を受け入れて
毎日を少しでも楽しく過ごしたいと、新しい家を買ったりもしたのに
単身だという理由で断られてしまうとのこと。
予期せぬドナの変化には、4年という歳月を感じたものでした。
それ以来、気軽に昔の知り合いに連絡をすることを
なんとなくためらうようになってしまう自分がいます。
良き出会いはそのままで記憶にとどめておきたいから、かな?
だからかな?
202daysで私の人生と重なる瞬間を少しでも過ごすことができた人で、
今も接点のある人は、本当にごくごくわずかです。
フラットメイトだった、コニー&ラリーはどうしてるかな?
コニーのお家の一部屋を借りて、バンクーバーではなおと生活してた。
そういえば、コニー&ラリーも籍を入れてないカップルだったな。
当時 50代だった 2人は、もう仕事もリタイアしてのんびりしてるかな?
今も日本人の誰かが、あのお部屋で生活してるのかな?
数年に一度の連絡をしているのは、ファームで一緒に過ごしたミッシェル。
最後の手紙もずいぶん前になってしまうけれど、
時折、思い出したように手紙を書きます。
そうしてると、1年後くらいに返事がきたりします。
私と彼女の共通点は、彼女はその後のファームで、
私は日本に戻ってから、
それぞれ新しい社会になじむことができず、
自分を取り戻すまでに時間を要したこと。
そんな困難な時期を、偶然にも一緒にむかえたことによって、
お互い離れていながらささえあうことができたと思う。
なので、これこそ便りがないのは上手くいってる証拠と安心してます。
そんな彼女の手紙のゴシップでショックだったのは
私がこれまでみた家族で、一番憧れる、幸せに満ちていた
ノバートの家族が離婚したということ。
それも、私が日本にもどってわずか数年のことでした。
ノバートが私も知る女性との生活を始めて、
あのお家で一緒に暮らしているという話で、
ウタを思うと、オマを思うと、3人の子どもたちを思うと、心が痛い。
それでも、ミッシェルが最後にマーケットをぞいたときには、
アンカーが販売の手伝いをしてたって書いてた。
そして 2008年 現在のノバートのファームの情報には、
新しい家族のようすが書かれてる。
10年の歳月は、やっぱり長いようです。
その他の人々とは、202daysを最後に、ほとんど連絡をとっていません。
これから先の人生でも、再会する可能性はほとんど少ないと思います。
そう思うと、あの別れが最後の別れだったんだなって、
一緒にいる時間を本当に大切に過ごさなきゃいけないな って
改めて感じさせてくれます。
私に恋してくれた70代のP.E.I.のおじいちゃん。
彼ばかりは、もしかして・・・?
という、私の心配ごごろが芽生えて(笑)
昨年ブログを書きながら思わずネットでドキドキしながら検索してしまいました。
そして、一安心(笑)。
今でも B&B を続けているようで、ということはご健在です!
あとはー、
もちろん、なお。 今でも大親友です。
うれしいことも、悲しいことも、他の誰にも言えないことも
つつみかくせず言える大切な存在です。
喜びも悲しみも共有できるなおに、
最低年に一度は会いにくようにしています。
体調が悪くても、顔を見ただけで元気になれるほどの存在。
私のエネルギーの源なので。
かおりはママになりました。
今でも時々世界からハガキを送り、時には電話して、驚かせています。
会っていないけれど、一番連絡を続けてたのはりょうこちゃん。
彼女はあのとき強い意志を持って言ってたように、
日本に帰国と同時に資格を取り、医療の分野で今も活躍しています。
毎日が忙しそうな彼女は、何度もアドレスを書いてくれるんだけど、
私はどうしても手紙かカードを書いてしまう。
メールのない時代に出会った人々との連絡は、
届くまでに数日、時には数ヶ月かかる、手紙の存在が好きです。
あと、NYのゆきちゃん と my sister
この 2人はアメリカ在住でありながら
日本にいる友だちよりも年間に会ってる回数が多かったりします。
そら