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普通に戻るための記録

摂食障害。2015年出産。
どうしようもないクズだけど普通にもどりたい。

仕事が早く終わったり、日中時間があるとき、
隙あらば過食嘔吐をしてしまう私だけれど、
なるべく娘と遊んで、一緒の時間を過ごしたいとも思う。
普通なら当たり前にそうするんだろうけれど、
私は「一戦しようかな、でも娘の相手もしなきゃだし…」と迷う。
食べながら片手間で娘の相手をすることも少なくない。
でもそれじゃだめで、余計なことはしないで、きちんと遊びたい。

事実、昼間にしっかり遊んで、気持ちを向けておくと、
夜になってもご機嫌だったりする。
やはり、不満がないのだ。
「母が自分を見てくれた、遊んでくれた」というのは、
そういうふうに現れてくる。

私自身、きちんと遊んで、散歩して、絵本を読んで、とやった日は、
「自分自身がきちんとできた」
「今日はちゃんと親の務めを果たせた」
ということで、気持ちがとても安定する。
時間をカショオにあてずに、娘と接することは、
私自身を救うことなんだと、わかってはいるのに。

母に昼間の接し方を尋ねたところ、
「私は、『ながら』は絶対にしない」と言っていた。
ミルクを飲ませるときも、テレビを消して、他のことはせず、
きちんと娘のことを見ているし、それが誠意だと言っていた。
反省した。
私は娘と遊びながら食べているし、
寝かしつけながら食べているし、
授乳しながらでも食べていた。
それを最低だと思うことは何度もある。
きっと娘は、「母は自分を見ていない」と思うだろう。
自分が大嫌いだ。
そんなことを積み重ねてきた自分が心底嫌いだ。

でも、だからこそ病院に行く気になったんだろうな。
過食費用はバカにならない。
贅沢なものは買わないようにしていたところで、
1日1回どころか何回もやっていたら、月に数万なんてザラだ。

しかし私は、健康になんの問題もない。
歯も丈夫、唾液腺も腫れていない、肌や髪の毛もツヤツヤ。
もしかしたら、お金さえあればやめる理由なんてないのかもしれない。


でも、娘のことを考えたら、やはり辛くなった。
お金があって好きに過食嘔吐をしていたとしても、
娘と同じような、当たり前の食事を摂ることができない。
食べないか、食べて吐くか。
そんな、極端な2択。
食卓が幸せだと思えなくなったのはいつからだろう。
食べていても「まだ食べるの?」と言われるのが嫌だった。
ゆっくり過食できないのが嫌だった。
好きに過食をするために、「食卓が狭いから」と理由づけて、
夫と二人で、自室で食べるようになった。
まぁ、実際食卓も狭かったんだけど。

娘の離乳食が始まったら、きちんとした食事をしなきゃいけない。
娘は、私の食べる姿より、夫の食べる姿を目で追う。
私の食べ方が異常であることを知っているのかもしれない。

産休の間は、朝起きて娘の面倒を見ながら過食。
寝かしつけてから吐いて、
娘が起きたら「ぐずるからお出かけ」と称して買い出し。
お昼に帰宅して同じようにカショオ。
その後ダラダラして、夕食前にまた買い物に出る日もあった。
娘と過ごす時間は長かったけれど、
娘は私の食べる姿ばかりを見ていたように思う。

こんな生活で、お金はどんどんなくなった。
当たり前だ。
食べて、吐いて、また買いに出て、の繰り返し。
これから保育園代もいる。
どんどんお金がかかる時期になる。
治さないと生きてゆけない。
生きなきゃいけないのに、生きてゆけない。
来週、心療内科に行ってくる。
そのあとに美容院を予約して、「美容院に行くから遅くなる」
ということで、家族には説明する。
心療内科に行くということは話さない。
いずれは、話すかもしれない、けれど。
今は話す気になれない。

話したら「病院にかかっているなら、治す気あるんだよね」
「じゃあもうしないんだよね?」と思われても困る。

予約の電話をするとき、どのような症状か聞かれて、
「摂食障害、ということになるんでしょうかね…」
と自分で言っておいて、失笑だった。
まだ引き返せる頃なら、「まだ確定ではない」と思えたけど、
こんな状態の今は確定でしかない。

1日、最低額2回。
多くて4回。
頭おかしいんだ。
近くに精神科を抱えた病院があるのは知っていたけれど、
ずっと、心療内科はないと思っていた。
だから、治療もできないと思っていた。
けれど最近、心療内科を持っているクリニックがあると知った。

なんだかそれだけで救われた気がした。
もう自分の力で治せる気がしないと、ずっと思っていた。
でも通えるほど近くに心療内科もなくて。
必ず行こう。


昔は、とにかく病院にはかかりたくないと思っていたのに。
その頃はたぶん、自分で好きなときに止められると思っていた。
それに、ここまで悪化もしていなかった。
子供が産まれたのに治らなかった、治せなかったことが、
私にとっては一番のきっかけだ。
「あ、私、自分でどうにもできないんだ」と気づいた。
気づくのが遅かった。
産休の間、貯金を食い潰して、それでもやめられなくて、
こんな状況になってやっと気づいた。

ただ、こんな状況で心療内科の存在を知ったのも、
ひとつの運命のような気がする。
早く予約しなくちゃ。

職場の近くに住むお姉さん。

金髪で、少しファンキーな感じで、ひとりでカフェを経営している。

そのひとが、とても細い。

元から細かった気はするけれど、最近特に感じる。


職場でその人の話になったとき、

「痩せすぎで気持ち悪い」

「拒食じゃないか」

と、周りには言われていた。


やはり、あのぐらいの細さになると病的だ。

手足は棒のようだし、見ていて不安になる。

あそこまでいくと、一般的に「拒食っぽい」と言われるんだな。


「彼女に比べたら、ちなつがふっくらして見える」

ということも言われた。

一時期はあんなふうになっていたけれど、

私も病的だと思われていたんだろうか。


しかし、あの時は職場の先輩にも、

吐いてしまうということは理解されていた。

吐いてしまううえに、ろくに食べられない。

そんな状態の子。

そう理解されていたし、だから良かった。

今はもう治ったことになっているし、

「もう吐いてないんでしょ?」と聞かれたときには、

「もちろん」と返している。

だから、絶対にばれるわけにはいかない。

あの頃のような、あのお姉さんのような、

人目を引いてしまうような体型にまでなってはいけない。


なにより、子どもがいるのにカショオが続いているなんて、

知られたら絶対に軽蔑されてしまう。

それが嫌だ。

ずるい考えだ。