仕事が早く終わったり、日中時間があるとき、
隙あらば過食嘔吐をしてしまう私だけれど、
なるべく娘と遊んで、一緒の時間を過ごしたいとも思う。
普通なら当たり前にそうするんだろうけれど、
私は「一戦しようかな、でも娘の相手もしなきゃだし…」と迷う。
食べながら片手間で娘の相手をすることも少なくない。
でもそれじゃだめで、余計なことはしないで、きちんと遊びたい。
事実、昼間にしっかり遊んで、気持ちを向けておくと、
夜になってもご機嫌だったりする。
やはり、不満がないのだ。
「母が自分を見てくれた、遊んでくれた」というのは、
そういうふうに現れてくる。
私自身、きちんと遊んで、散歩して、絵本を読んで、とやった日は、
「自分自身がきちんとできた」
「今日はちゃんと親の務めを果たせた」
ということで、気持ちがとても安定する。
時間をカショオにあてずに、娘と接することは、
私自身を救うことなんだと、わかってはいるのに。
母に昼間の接し方を尋ねたところ、
「私は、『ながら』は絶対にしない」と言っていた。
ミルクを飲ませるときも、テレビを消して、他のことはせず、
きちんと娘のことを見ているし、それが誠意だと言っていた。
反省した。
私は娘と遊びながら食べているし、
寝かしつけながら食べているし、
授乳しながらでも食べていた。
それを最低だと思うことは何度もある。
きっと娘は、「母は自分を見ていない」と思うだろう。
自分が大嫌いだ。
そんなことを積み重ねてきた自分が心底嫌いだ。
でも、だからこそ病院に行く気になったんだろうな。
過食費用はバカにならない。
贅沢なものは買わないようにしていたところで、
1日1回どころか何回もやっていたら、月に数万なんてザラだ。
しかし私は、健康になんの問題もない。
歯も丈夫、唾液腺も腫れていない、肌や髪の毛もツヤツヤ。
もしかしたら、お金さえあればやめる理由なんてないのかもしれない。
でも、娘のことを考えたら、やはり辛くなった。
お金があって好きに過食嘔吐をしていたとしても、
娘と同じような、当たり前の食事を摂ることができない。
食べないか、食べて吐くか。
そんな、極端な2択。
食卓が幸せだと思えなくなったのはいつからだろう。
食べていても「まだ食べるの?」と言われるのが嫌だった。
ゆっくり過食できないのが嫌だった。
好きに過食をするために、「食卓が狭いから」と理由づけて、
夫と二人で、自室で食べるようになった。
まぁ、実際食卓も狭かったんだけど。
娘の離乳食が始まったら、きちんとした食事をしなきゃいけない。
娘は、私の食べる姿より、夫の食べる姿を目で追う。
私の食べ方が異常であることを知っているのかもしれない。
産休の間は、朝起きて娘の面倒を見ながら過食。
寝かしつけてから吐いて、
娘が起きたら「ぐずるからお出かけ」と称して買い出し。
お昼に帰宅して同じようにカショオ。
その後ダラダラして、夕食前にまた買い物に出る日もあった。
娘と過ごす時間は長かったけれど、
娘は私の食べる姿ばかりを見ていたように思う。
こんな生活で、お金はどんどんなくなった。
当たり前だ。
食べて、吐いて、また買いに出て、の繰り返し。
これから保育園代もいる。
どんどんお金がかかる時期になる。
治さないと生きてゆけない。
生きなきゃいけないのに、生きてゆけない。
贅沢なものは買わないようにしていたところで、
1日1回どころか何回もやっていたら、月に数万なんてザラだ。
しかし私は、健康になんの問題もない。
歯も丈夫、唾液腺も腫れていない、肌や髪の毛もツヤツヤ。
もしかしたら、お金さえあればやめる理由なんてないのかもしれない。
でも、娘のことを考えたら、やはり辛くなった。
お金があって好きに過食嘔吐をしていたとしても、
娘と同じような、当たり前の食事を摂ることができない。
食べないか、食べて吐くか。
そんな、極端な2択。
食卓が幸せだと思えなくなったのはいつからだろう。
食べていても「まだ食べるの?」と言われるのが嫌だった。
ゆっくり過食できないのが嫌だった。
好きに過食をするために、「食卓が狭いから」と理由づけて、
夫と二人で、自室で食べるようになった。
まぁ、実際食卓も狭かったんだけど。
娘の離乳食が始まったら、きちんとした食事をしなきゃいけない。
娘は、私の食べる姿より、夫の食べる姿を目で追う。
私の食べ方が異常であることを知っているのかもしれない。
産休の間は、朝起きて娘の面倒を見ながら過食。
寝かしつけてから吐いて、
娘が起きたら「ぐずるからお出かけ」と称して買い出し。
お昼に帰宅して同じようにカショオ。
その後ダラダラして、夕食前にまた買い物に出る日もあった。
娘と過ごす時間は長かったけれど、
娘は私の食べる姿ばかりを見ていたように思う。
こんな生活で、お金はどんどんなくなった。
当たり前だ。
食べて、吐いて、また買いに出て、の繰り返し。
これから保育園代もいる。
どんどんお金がかかる時期になる。
治さないと生きてゆけない。
生きなきゃいけないのに、生きてゆけない。
来週、心療内科に行ってくる。
そのあとに美容院を予約して、「美容院に行くから遅くなる」
ということで、家族には説明する。
心療内科に行くということは話さない。
いずれは、話すかもしれない、けれど。
今は話す気になれない。
話したら「病院にかかっているなら、治す気あるんだよね」
「じゃあもうしないんだよね?」と思われても困る。
予約の電話をするとき、どのような症状か聞かれて、
「摂食障害、ということになるんでしょうかね…」
と自分で言っておいて、失笑だった。
まだ引き返せる頃なら、「まだ確定ではない」と思えたけど、
こんな状態の今は確定でしかない。
1日、最低額2回。
多くて4回。
頭おかしいんだ。
そのあとに美容院を予約して、「美容院に行くから遅くなる」
ということで、家族には説明する。
心療内科に行くということは話さない。
いずれは、話すかもしれない、けれど。
今は話す気になれない。
話したら「病院にかかっているなら、治す気あるんだよね」
「じゃあもうしないんだよね?」と思われても困る。
予約の電話をするとき、どのような症状か聞かれて、
「摂食障害、ということになるんでしょうかね…」
と自分で言っておいて、失笑だった。
まだ引き返せる頃なら、「まだ確定ではない」と思えたけど、
こんな状態の今は確定でしかない。
1日、最低額2回。
多くて4回。
頭おかしいんだ。
近くに精神科を抱えた病院があるのは知っていたけれど、
ずっと、心療内科はないと思っていた。
だから、治療もできないと思っていた。
けれど最近、心療内科を持っているクリニックがあると知った。
なんだかそれだけで救われた気がした。
もう自分の力で治せる気がしないと、ずっと思っていた。
でも通えるほど近くに心療内科もなくて。
必ず行こう。
昔は、とにかく病院にはかかりたくないと思っていたのに。
その頃はたぶん、自分で好きなときに止められると思っていた。
それに、ここまで悪化もしていなかった。
子供が産まれたのに治らなかった、治せなかったことが、
私にとっては一番のきっかけだ。
「あ、私、自分でどうにもできないんだ」と気づいた。
気づくのが遅かった。
産休の間、貯金を食い潰して、それでもやめられなくて、
こんな状況になってやっと気づいた。
ただ、こんな状況で心療内科の存在を知ったのも、
ひとつの運命のような気がする。
早く予約しなくちゃ。
ずっと、心療内科はないと思っていた。
だから、治療もできないと思っていた。
けれど最近、心療内科を持っているクリニックがあると知った。
なんだかそれだけで救われた気がした。
もう自分の力で治せる気がしないと、ずっと思っていた。
でも通えるほど近くに心療内科もなくて。
必ず行こう。
昔は、とにかく病院にはかかりたくないと思っていたのに。
その頃はたぶん、自分で好きなときに止められると思っていた。
それに、ここまで悪化もしていなかった。
子供が産まれたのに治らなかった、治せなかったことが、
私にとっては一番のきっかけだ。
「あ、私、自分でどうにもできないんだ」と気づいた。
気づくのが遅かった。
産休の間、貯金を食い潰して、それでもやめられなくて、
こんな状況になってやっと気づいた。
ただ、こんな状況で心療内科の存在を知ったのも、
ひとつの運命のような気がする。
早く予約しなくちゃ。
職場の近くに住むお姉さん。
金髪で、少しファンキーな感じで、ひとりでカフェを経営している。
そのひとが、とても細い。
元から細かった気はするけれど、最近特に感じる。
職場でその人の話になったとき、
「痩せすぎで気持ち悪い」
「拒食じゃないか」
と、周りには言われていた。
やはり、あのぐらいの細さになると病的だ。
手足は棒のようだし、見ていて不安になる。
あそこまでいくと、一般的に「拒食っぽい」と言われるんだな。
「彼女に比べたら、ちなつがふっくらして見える」
ということも言われた。
一時期はあんなふうになっていたけれど、
私も病的だと思われていたんだろうか。
しかし、あの時は職場の先輩にも、
吐いてしまうということは理解されていた。
吐いてしまううえに、ろくに食べられない。
そんな状態の子。
そう理解されていたし、だから良かった。
今はもう治ったことになっているし、
「もう吐いてないんでしょ?」と聞かれたときには、
「もちろん」と返している。
だから、絶対にばれるわけにはいかない。
あの頃のような、あのお姉さんのような、
人目を引いてしまうような体型にまでなってはいけない。
なにより、子どもがいるのにカショオが続いているなんて、
知られたら絶対に軽蔑されてしまう。
それが嫌だ。
ずるい考えだ。