ずっと不思議だった。
どうして私は
人の話の途中で
答えが見えてしまうんだろう
「ちゃんと最後まで聞きなさい」「早とちりしないで」
「感情的だね」
そう言われるたびに
私はどこか欠けているんだと思っていた
でも 違った
私は答えを急いでいたんじゃない
全体が先に見えてしまうだけだった
相手は 今まさに
階段を一段ずつ登っている
私はもう
屋上から景色を見ている
ただそれだけの違い
横取りしていたのは
「 答え 」だった
気づいてしまった
私がやっていたのは
相手の話を遮ることじゃなくて
相手が辿り着くはずの
答えを
先に拾ってしまうこと
だから怒られる
「 まだそこまで行ってない 」と
それは支配でも否定でもなくて
思考の順番のズレだった
聞くべき
だったのは言葉じゃなくて
順番
私は
「 聞けていない人 」ではなかった
ただ 待つという工程を
飛ばしていただけ
黙る必要はなかった
自分を小さくする必要もなかった
必要だったのは
ほんの少しの余白
相手が階段を登り終えるまで
答えを胸にしまっておくこと
人と違う脳は 間違いじゃない
この脳の使い方は 少数派だと思う
だから
誤解されやすい
だから
「 変わってる 」と言われる
でも今は はっきり言える
これは欠点じゃない
翻訳者の脳だ
順番の世界と
全体の世界をつなぐ役目
拾いすぎてしまうほど
感度が高いだけ
私は、私の時間を生きている
誰かのペースに合わせて自分を疑うのは
もう終わり
私は
私の順番で見て
感じて
言葉にする
それでいい
今日 長年の「なぜ?」に
ようやく名前がついた
それだけで
世界は少し静かになった