たぶん佐藤さんも、同じことを考えている。

このまま待てば、いつか電車は動くかもしれない。

でも、いつ動くか分からない。

今から何時間も待つことになったら、帰る時間はかなり遅くなる。

そして、明日は二人とも仕事です。

わたしも朝から出勤。

佐藤さんも仕事があります。

今日会いたいという気持ちだけで無理をしてしまったら、明日の仕事にも響いてしまう。

それが分かっているからこそ、余計につらい。


「……今日は、やめようか」

佐藤さんが静かに言いました。

その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がズキッとしました。

「……うん」

本当は嫌でした。

やめたくない。

今からでも会いたい。

電車が動くまで待っていたい。

少しでも会えるなら、遅くなってもいい。

そんな気持ちが一瞬で湧き上がります。

でも

明日も仕事。

それは変えられません。

「ごめんね」

「謝らないで」

「本当は会いたかったんだけど」

「わたしもだよ」

そう答えたら、声が少し震えました。

泣きそうになっていることを、佐藤さんに気付かれたくありません。

でも、電話の向こうの佐藤さんには、きっと分かってしまったと思います。


「今日は帰ろう」

「うん」

「ちゃんと家まで帰ってね」

「うん」

「無事家に帰ったら連絡してね」

そう今日で終わりなわけじゃない。

またすぐ会える。


「……佐藤さん」

「ん?」

「会いたかった」

口にした瞬間、涙が一粒こぼれました。

駅の人混みの中で、慌てて顔を下げます。

「俺も会いたかったよ」


電話を切ったあと、悲しみを振り切るようにわたしは足早に自分が乗る電車のホームに向かって歩き出しました。

わたしが乗る電車は通常運行しているようです。


さっきまで楽しみにしていた時間が、ほんの少しの出来事で消えてしまった。



次回へ続きます。