慌てて下を向きました。

「高橋さん?」

後ろから声がして、心臓が跳ねます。

「は、はい!」

慌てて振り返ると、早番のスタッフが立っていました。


「大丈夫?」

「大丈夫です」

反射的に答えました。

本当は大丈夫じゃないのに。

そう言うしかない自分が、少し嫌になりました。


すると、早番スタッフ近藤さんが何気なく言ったんです。

「今日、なんか元気ないよね」

その瞬間胸の奥が大きく揺れました。

「……そうですか?」

「うん、ちょっとぼーっとしてる時あるし」

ドキッとしました。

今朝、信号を見落としたこと。

昨日、妊娠検査薬を見て泣いたこと。

今朝、生理が来たこと。

全部見透かされたような気がしました。


「ちょっと寝不足なだけです」

笑いながら答えます。

すると、その人はそれ以上聞いてきませんでした。「そっか。無理しないでね」

たったそれだけ。

本当に何気ない一言でした。

でも。その言葉を聞いた瞬間、涙が出そうになりました。

無理しないでね。

その言葉が、今のわたしにはあまりにも優しかったんです。


無理している。

そう思われても仕方ないくらい、今日はずっと頑張っていました。

昨日の悲しみを抱えたまま

今朝の生理を受け止めたばかりで。


それでも仕事へ来て。

笑顔を作って。

お客様へ頭を下げて。

店長がいない分まで動いて。

誰にも何も言わずに、一日を過ごそうとしていました。

大人なら当たり前の事だけれど、弱っているわたしには近藤さんの「無理しないでね」が嬉しすぎました。


「……ありがとうございます」

なんとかそれだけ返しました。

「いいえ、どういたしまして」

近藤さんには少しバレている気がしました。

慌てて笑います。

でも、もう限界でした。


「ちょっと、飲み物取ってきますね」

そう言って、バックヤードへ逃げ込むように入ります。

ドアを閉めた瞬間、ふぅ……。

大きく息を吐きました。

そして、目を閉じます。

危なかった。

あと少しあの場にいたら、泣いていたかもしれません。


スマホを見ると、佐藤さんとのトーク画面が目に入ります。

昨日の夜、一緒に悲しんでくれた佐藤さん。

そして今朝、「ちゃんと眠れた?」そう聞いてくれた佐藤さん。

胸の奥がまた熱くなりました。

一人じゃない。

そう思ったら、少しだけ涙がこぼれました。


でも、今度の涙は昨日とは少し違いました。

悲しい。

悔しい。

まだまだ苦しい。

それでも心配してくれる人がいる。

隣にいてくれる人がいる。

そして、職場にも何気ない一言で気に掛けてくれる人がいる。

全部を一人で抱えなくてもいいのかもしれない。

そう思えたんです。


涙を拭いて、鏡を見ます。

目は少し赤くなっていました。

「大丈夫」

今度は、自分を無理やり励ますためではなく今日を乗り切るために、小さくつぶやきました。

「もう少しだけ頑張ろう」


バックヤードを出ると、近藤さんがこちらを見ました。

「大丈夫?」

「はい!」

今度は少しだけ自然に笑えました。

まだ胸は痛い。

昨日の一本線を忘れたわけじゃない。

生理が来た現実も、変わらない。

それでも、今日一日を終えるまでは、ちゃんと自分の足で歩いていこう。

そう思いながら、わたしは再び売場へ戻りました。


その直後、新しいお客様が入ってきます。

「いらっしゃいませ!」

反射的に声を出します。

そして、いつものように笑顔を作りました。


まだ完全には笑えなくても、今日のわたしにできることを、一つずつやっていこう。

そんなことを思いながら、わたしはまた仕事へ戻ったのでした。


次回へ続きます。