午後になり、少しずつ店内の忙しさが落ち着いてきました。

午前中は本当に息つく暇もありませんでした。


店長から突然の欠勤連絡。

早番のスタッフと二人での接客。

鳴り響く電話。

商品の問い合わせ。

レジ対応。

そして、さっきのマネキンが倒れるというちょっとした事件まで。

次から次へと起こることに対応しているうちに、気付けばお昼を過ぎていました。


昨日、あんなに泣いたのに。

今朝、生理が来て、また泣いたのに。

今日は仕事だからと無理やり気持ちを切り替えてきたせいか、悲しむ暇さえありませんでした。


でも、忙しさが落ち着いた瞬間、胸の奥に押し込めていたものが、また少しずつ顔を出してきます。


検査薬。

一本線。

佐藤さんの優しい声。

「また、一緒に前を向こう」

昨日のことが、何度も頭の中へ浮かんでは消えていきました。


「高橋さん、ちょっと休憩入ってきていいよ」

早番のスタッフが声を掛けてくれました。

「ありがとうございます」

そう答えたものの、休憩室へ向かう気にはなれませんでした。

一人になったら、また昨日のことを考えてしまいそうだったから。

今は仕事をしている方がいい。

そう思って、売場の整理を始めました。


乱れていた商品を並べ直し、サイズを揃えて、棚の隙間を確認します。

単純な作業をしていると、少しだけ頭の中が静かになります。

その時でした。

「すみません」

お客様の声が聞こえました。


振り向くと、若いご夫婦と、小さな女の子が立っています。

女の子は二歳か三歳くらいでしょうか。

手には小さなおもちゃを持っていて、目を輝かせながら売場を見ています。

「これ、かわいい!」

猫のぬいぐるみのキーホルダー見て、女の子が嬉しそうに声を上げます。

色違いで七体並べられてあります。


「本当だね」お母さんが笑います。

その隣で、お父さんも笑っています。

 とても普通の光景でした。

どこにでもある、幸せそうな家族の光景。


なのに、今日は、その光景が胸に刺さりました。

見ないようにしよう。

そう思って、わたしは別の商品へ視線を移します。仕事なんだから。

お客様なんだから。

いつもどおり接客すればいい。

そう自分へ言い聞かせました。



次回へ続きます。