店長が休みになったことで、お店は朝からずっと慌ただしいままでした。
レジへ呼ばれては売場へ走り、お客様をご案内している途中でまた別のお客様から声を掛けられます。「すみません、このサイズありますか?」
「プレゼントなんですけど、包装お願いできますか?」
「レジお願いしまーす!」
返事をするたびに、自分が今どこまでやっていたのか分からなくなりそうでした。
時計を見る余裕もありません。
気付けば、お昼が近付いていました。
それでも店内のお客様は途切れることなく、ようやく少し落ち着いたと思ったその時でした。
「高橋さん」
早番スタッフが小さく声を掛けてきました。
「少しだけバックヤードお願いできる?」
「はい」
バックヤードへ入った瞬間、店内のにぎやかな音が少し遠くなります。
静かな空間に入ると、それまで張りつめていた気持ちが一気に緩みそうになりました。
ダメ。
今は仕事中。
そう言い聞かせながら段ボールを持ち上げようとした、その時です。
「……高橋さん、大丈夫?」
突然そう聞かれ、思わず顔を上げました。
「え?」
「今日、いつもより元気ない気がして」
その何気ない一言でした。
たったそれだけ。
それだけなのに、胸の奥へしまい込んでいた感情が一気に動き出します。
昨日のこと。
一本線だった検査薬。
今朝始まった生理。
佐藤さんの優しい言葉。
お父さんから届いた荷物。
全部が一気によみがえってきました。
危ない。
泣きそう。
わたしは慌てて笑顔を作ります。
「そんなことないですよ」
そう答えたものの、自分でも分かるくらい声が少し震えていました。
早番スタッフはそれ以上深く聞いてきません。
「そっか、ならいいけど」
そう言って笑ったあと
「最近ずっと忙しかったもんね、無理しないでね」と、ぽつりと付け加えました。
その優しさが、今のわたしには眩しすぎました。「ありがとうございます」
それだけ言うのが精いっぱいでした。
早番スタッフはお店へと戻っていきました。
目の奥が熱くなります。
ここで泣いたらダメ。
仕事中なんだから。
何度も自分へ言い聞かせながら、天井を見上げて涙を引っ込めようとします。
するとその時でした。
ガタンッ!
バックヤードの奥で、大きな物音が響きます。
「えっ?」
慌てて振り向くと、積み上げてあった空箱が崩れ落ちていました。
「びっくりしたぁ」
少し心臓がバクバクしています。
ほんの数秒前まで泣きそうだったのに、その出来事のおかげで涙は引っ込みました。
崩れた箱を積み直しながら思います。
今日は悲しいことばかりじゃない。
何気なく気に掛けてくれる人がいて、笑わせてくれる出来事もある。
それでも胸の痛みは消えないけれど、一人で抱えているわけじゃないのかもしれない。
そう思えたことが、この日初めて少しだけ心を軽くしてくれたのでした。
次回へ続きます。