しばらく沈黙が続いたあと、佐藤さんがぽつりと話し始めます。
「昨日さ、母からLINEが来てたんだ」
「うん」
「でも返せてなくて」
そう言いながらスマホを見せてくれました。
画面には、お母さんとのトーク画面。
昨日届いたメッセージが、そのまま残っています。しかも、既読すら付いていませんでした。
「俺、いつもは返信できなくても、とりあえず既読だけは付けるんだ」
「そうなんだ」
「でも今回は……」
そう言って、小さく笑います。
「今日のことしか頭になくてさ」
今日のこと。
妊娠検査薬。
二人で結果を見る約束。
きっと佐藤さんも、わたしと同じくらい緊張していたんだ。
そう思うと、胸が少し熱くなりました。
「数日前に母と電話した時もね」
佐藤さんは続けます。
「最近ちょっと仕事が忙しくて、疲れてるって話をしてたんだ」
「あ……」
「だから母も余計に心配しちゃったみたい」
昨日送ったLINEが未読。
電話もつながらない。
以前には『疲れてる』と聞いている。
お母さんからしたら、不安になるのも無理はありません。
「連絡が取れないから警察へ相談したらしくて……」佐藤さんは困ったように笑いました。
「そしたら、本当に来ちゃった」
「そうだったんだ……」
わたしは大きく息を吐きました。
事件じゃなかった。
事故でもなかった。
そのことが分かっただけで、全身から力が抜けていくようでした。
「母には心配かけちゃったな」
佐藤さんは少し反省したような表情でスマホを見つめます。
「俺も悪かった、既読くらい付ければよかった」
その横顔を見ながら、わたしは思いました。
こんなに優しくて、家族思いだからこそ、お母さんも心配だったんだ。
数分前まで
「もし妊娠していたら、この人はお父さんとして大丈夫なんだろうか」
そんなことまで考えてしまった自分が、少し恥ずかしくなります。
ちゃんと心配してくれる家族がいて。
その家族を大切に思っている佐藤さんがいて。
さっきまで張りつめていた気持ちは、少しずつ落ち着きを取り戻していました。
でも、テーブルの上には、もちろんまだあの妊娠検査薬があります。
警察の訪問という思いもよらない出来事で止まってしまった時間が、また静かに動き始めようとしていました。
次回へ続きます。