そう。

ここは、ディナークルーズに乗った港のすぐ近く。


あの日も、船を降りてから少しだけ二人で夜景を眺めました。

海に映る街の灯りが本当にきれいで。

「また来れたらいいね」

わたしは何気なくそう言ったんです。

正直、その場の会話くらいにしか思っていませんでした。


佐藤さんが少し照れくさそうに笑います。

「ななさん、この前『また夜景を見に来たい』って言ってたでしょ」

その言葉を聞いた瞬間、胸が熱くなりました。


「そんなこと…覚えててくれたの?」

「うん」

佐藤さんは当たり前のように頷きます。

「ななさんが嬉しそうに話してることって、自然と覚えちゃうんだよね」

その一言に、思わず言葉を失いました。


今までの彼氏と一緒にいた頃は

「そんなこと言ったっけ?」

そう返されることが何度もありました。


だから、何気なく話した一言を覚えていてくれることが、こんなにも嬉しいなんて思ってもいませんでした。

二人で海の見える遊歩道をゆっくり歩きます。

目の前には、宝石を散りばめたような夜景。

波の音だけが静かに聞こえていました。


「やっぱりきれいだね」

わたしがそう言うと

「うん、でも今日は前よりきれいに見える」

佐藤さんは海ではなく、わたしを見ながらそう言いました。


「え?」

思わず顔を見ると、佐藤さんは少し照れたように笑っています。

「昨日のななさんは泣いてて結構心配してたんだけど、ななさん今日は笑ってるからかな」


その言葉を聞いた瞬間、胸がギュッとなりました。昨日まで泣いてばかりだったわたし。

子どものことばかり考えて、自分には幸せなんてないと思っていたわたし。

そんなわたしを、ただ笑っていてほしいと思ってくれる人が目の前にいる。


Fさんが言っていた言葉が、ふと頭をよぎりました。

「その人がくれてる幸せまで、自分で見えなくしちゃダメだよ」

わたしはゆっくり夜景を見つめます。


もしかしたら、わたしはずっと、ないものばかり見ていたのかもしれない。


今、目の前にある幸せから目をそらしていたのかもしれない。


そんなことを考えながら、佐藤さんの隣をゆっくり歩いたんです。


次回へ続きます。