電話の向こうで、裕太は返事を待っていました。


「一回だけでいいから会えない?」

その言葉に、わたしは何も答えられません。


頭の中では

「ダメ」

そう何度も繰り返していました。

佐藤さんがいる。

わたしを大切にしてくれる人。

わたしも大切にしたいと思っている人。


昨日、自分で前へ進こうと決めたばかりじゃない。それなのに。

「なな?」

裕太がもう一度、わたしの名前を呼びました。

その声で、わたしは我に返ります。


「ごめん」

やっと出た言葉は、それだけでした。

「今は会えない」

電話の向こうが静かになります。


しばらく沈黙が続いたあと、裕太が小さく笑いました。

「そっか」

その笑い方が、少し寂しそうに聞こえました。

「やっぱり、もう遅かったか」

その一言に胸がチクリと痛みます。


でも、ここで優しい言葉を掛けてしまったら、また同じことの繰り返しになる。

そう思いました。


わたしは勇気を出して言います。

「裕太わたしね、昨日やっとマッチングアプリを消したの」

裕太は何も言いません。

「もう逃げ道を作るのはやめようって決めた

だから⋯会えない」


今度は裕太が長く息を吐きました。

「そっか」

「分かった」

「無理言ってごめん」

その声は、どこか吹っ切れたようにも聞こえました。


「幸せになれよ」

その一言だけ残して、電話は切れました。 

わたしは裕太の新しい電話番号も素早く着信拒否しました。

これで終わった。

本当に終わったんだ。

そう思った瞬間でした。

スマホが震えます。


画面には、佐藤さんからのLINE。

『ななさん😊今週末、ちょっと行きたい所があるんだけど、一緒に行かない?』

そのメッセージを見た瞬間。

さっきまで張りつめていた心が、ふっと軽くなった気がしました。


わたしはスマホを握り直し、小さく笑います。

そして――。

『うん😊 行きたい』


そう返信したんです。


次回へ続きます。