仕事を終えて家へ帰ると、どっと疲れが出ました。
今日は色んなことがあり過ぎた。
裕太。
Fさん。
そして、明日はFさんと飲みに行く約束までしてしまった。
ソファへ座って大きく息を吐いていると、スマホが震えます。
佐藤さんからでした。
『今電話しても大丈夫?😊』
『大丈夫だよ』
そう返事をすると、すぐに電話が掛かってきました。
「もしもし」
「もしもし、お疲れさま」
その声を聞いた瞬間、不思議なくらい肩の力が抜けていきます。
やっぱり佐藤さんの声は安心する。
そんなことを思いながら、他愛もない話をしました。
今日あった仕事のこと。
お昼ご飯のこと。
YouTubeの話。
何でもない会話なのに、それが心地良かったんです。
しばらく笑いながら話していると、佐藤さんが少し照れたように言いました。
「あのさ⋯一つお願いしてもいい?」
「なに?」
「付き合い始めたし⋯」
少し間を空けてから続けます。
「そろそろ名前で呼んでほしいな」
思わず笑ってしまいました。
「え?」
「だって、いつまでも"佐藤さん"って何か距離があるじゃん」
「俺はもう"ななさん"って呼んでるし」
確かにそうです。
佐藤さんの下の名前が貴将(たかまさ)さんと言うことは知っています。
だけど、わたしだけ、ずっと"佐藤さん"のまま。
付き合う前からそう呼んでいたので、今さら変えるのが少し照れくさかったんです。
「急に言われると恥ずかしい」
そう言うと
「じゃあ少しずつでいいよ、いつか自然に呼んでくれたら嬉しい」
その優しさに、また胸が温かくなりました。
少し話題が変わって、佐藤さんが思い出したように言います。
「あ、そうそう山本さん夫婦の家だけどさ、再来週木曜日どうかな?って」
「あ、そうなんだ」
「ななは前に聞いた時、その日仕事休みって言ってたけど大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」
「じゃあ、その日にしよう」
佐藤さんは嬉しそうでした。
「山本さんの奥さんも、ななさんにまた会いたいって言ってたし」
「楽しみだね」
「うん」
そう返事をしながらも、わたしの頭の片隅には、明日の約束が残ったままでした。
元彼Fさんとの飲み。
このことは、まだ佐藤さんには話していません。
隠すつもりじゃない。
でも、何となく言い出せなかった。
そんな自分に、小さな罪悪感を覚えながら、わたしは佐藤さんとの電話を終えたのでした。