「⋯何かあったの?」
わたしがそう聞くと、電話の向こうで小さく息を吐く音が聞こえました。
「実はさ⋯⋯」
少し間が空きます。
「香織とは別れた」
一瞬その言葉の意味が理解出来そうにありませんでした。
「⋯え?」
思わず聞き返します。
「うん、もう終わった」
それ以上、裕太は何も言いません。
わたしも何を言えばいいのか分かりませんでした。しばらく沈黙が続きます。
でも、どうしても気になっていたことがありました。
勇気を出して聞きます。
「⋯⋯赤ちゃんは?」
その瞬間、電話の向こうが静かになりました。
何秒だったのか分かりません。
とても長く感じました。
そして、裕太が小さな声で言ったんです。
「流産した」
その一言に、胸が締め付けられました。
「⋯そうだったんだ」それしか言えませんでした。
裕太は少し笑おうとして、笑えなかったような声で続けます。
「俺も香織も、すごく楽しみにしてた、名前まで考え始めてたんだ、でも、ダメだった」
また沈黙が流れます。
「そのあと、お互い色んなことが重なってさ、結局、別れることになった」
裕太の声は、以前よりずっと落ち着いていました。でも、その落ち着きの奥には、簡単には言葉にできない悲しみがあるように聞こえました。
わたしは慰める言葉が見つかりません。
どんな言葉も軽く感じてしまったからです。
ただ、小さく
「つらかったね⋯、無理だろうけどあまり気を落とさないようにね」
そんな月並みの言葉しか出てきませんでした。
裕太は少しだけ笑って
「ありがとう」
と答えました。
その
「ありがとう」
が、妙に胸に残ったんです。
その一言を聞いて、胸の奥が少しだけ苦しくなりました。
あんな別れ方をしたのに。
今さら、そんな風に「ありがとう」を言うなんてずるい。
そう思ったんです。
でも同時にわたしの頭の中には、佐藤さんの笑顔が浮かんでいました。
ディナークルーズ。
ルビーのネックレス。
「今度は三人で来よう」
未来を話してくれた人。
わたしが今、一緒に歩いていきたい人。
過去と未来。
その二つが、わたしの中で静かに交差していました。
次回へ続きます。