その瞬間でした。
裕太が勢いよく顔を上げたんです。
「そういう言い方やめてくれよ!」
部屋が凍り付きました。
香織さんも固まっています。
わたしも驚きました。
怒鳴ったからじゃありません。
その言葉が出たことに驚いたんです。
香織さんは震える声で言いました。
「じゃあどういう言い方ならいいの?」
裕太は答えません。
香織さんの目に涙が浮かびます。
「結婚するって言ったのは裕太だよね」
沈黙。
「子どもが出来ても大丈夫だって言ったのも裕太だよね」
沈黙。
「家族になろうって言ったのも」
沈黙。
誰も助けませんでした。
助けられなかったんです。
すると
今まで黙っていた母親が口を開きました。
「裕太」
静かな声でした。
でも全員が振り向きます。
母親は息子を真っ直ぐ見ていました。
そして
「私はね」
そこで一度言葉を切ります。
「今日ここへ来るまで、あなたがだらしないだけだと思っていた」
裕太が顔を上げました。
「でも違った」
母親は続けます。
「あなた、自分が言ったこと全部忘れてるの?」
部屋が静まり返ります。
「結婚も」
「妊活も」
「将来の話も」
「全部相手が信じる前提で話してるのよ」
裕太は何も言えません。
母親は息を吐きました。
そして
「私、あなたをこんなふうに育てた覚えはない」
その瞬間。
初めてでした。
裕太の目が赤くなったのは。
次回へ続きます。
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