わたしは小さく「そうなんですね」とだけ言いました。
自分でも驚くくらい冷静な声でした。
女性は何か言いたそうにしていました。
裕太も何か言おうとしているようでした。
でも、もうどうでもよかった。
婚約。
その言葉が頭の中をぐるぐる回っていました。
わたしは二人に背を向けました。
「帰ります」
裕太は何も言いません。
女性も何も言いません。
わたしはそのまま部屋を出ました。
アパートの階段を下りながら、
ああ、終わったんだなと思いました。
泣きたいはずなのに涙は出ませんでした。
怒りもありませんでした。
ただ虚しかった。
あんなに好きだった人なのに。
あんなに会いたかった人なのに。
会わなければ良かったとさえ思いました。
外に出ると夜風が冷たかったです。
来る時はあんなに緊張していたのに、帰り道は何も感じませんでした。
後ろから足音が聞こえる気がして一度だけ振り返りました。
でも誰もいません。
裕太は追いかけて来ませんでした。
呼び止めても来ませんでした。
婚約者が居るんだから当たり前です。
そう思ったのに少しだけ期待していた自分が居ました。
もしかしたら追いかけて来るんじゃないか。
もしかしたら違うって言うんじゃないか。
そんな期待をしていました。
でも何も起きませんでした。
わたしは一人でバス停へ向かいました。
好きだった人の家から帰る道なのに、
知らない街を歩いているみたいでした。
あんなに会いたかったのに。
会わなければ良かった。
その言葉だけが何度も頭の中を繰り返していました。
次回へ続きます。