《今日の主な登場人物紹介》
土志田(どしだ)よね…この物語の主人公。土志田家次女。朝美台(あさみだい)尋常小学校5年生。まだ自分にもわからない未知の能力を秘めている切れ長の目を持つ10歳の女の子。
坂口 闘馬(とうま)…横浜から転校して来たよねの同級生。今後の物語の鍵を握る。
波野 青年(あおとし)…「古代世界史」を5年生に教えている水道橋大学の助教授。
とにかく闘馬はこの一瞬から、心に何のわだかまりもなくよねと「虹の迷宮」について調べる決意をした。
「よしっ、行こう!」闘馬が先頭に立って講師室へと歩き出した。よねはそのうしろ姿に向かって、(ありがとう! ごめんね!)と心の中で呟くのを、闘馬は知る由もなかったが。
波野先生の講師室の扉の上には、「歴史学・波野」と書かれた板が取り付けられている。闘馬がノックをすると、「どうぞ!」と明るい声が返ってきた。
中は、先生の声と同様にすごく明るい。秋野先生の暗く陰湿な地下室の部屋とは大違いだ。そしてもっと驚いたことに、何も置いてない。あるのは、大きい机と椅子だけ。そこに先生は腰掛けて、ニコニコと笑みを浮かべながらよねと闘馬を迎えてくれた。
「たしか……5年3組の……坂口君に土志田さん……だよね」
二人は姿勢を正して、お辞儀をしたが目だけがキョロキョロと動いている。そんな仕草に先生は思わず声を立てて笑ってしまった。
「ハハハ……、あまりに殺風景なんで、驚いたろう。僕は一週間に一度しか来ないからね。本はすべて大学に置いてあるのさ」
そう言われても、よねも闘馬も返事の仕様がないのだが。
「ところで、何かな? 今日の授業で何かわからないことがあったのかい? ハムラビ法典は難しかったかな」
「いえ、そうじゃないんです。実は……」よねがここまで言うと、闘馬が跡を継いだ。
「『虹の迷宮』を先生はご存知ありませんか?」
「何だい、それは?」
「はい、はっきりしたことはわからないんです。……昔、この『虹の迷宮』を巡って、人々がこれを奪い合い、戦さにまで発展したことがあるらしいんです。でも、この『虹の迷宮』というものが何なのかわからないんです。きっと、波野先生ならご存知かと思い、伺いました」
闘馬の説明は、よねが聞いていてもわかりやすい。(坂口君を連れて来てよかったぁ)よねは心からそう思った。
「でも、どこでそんな言葉を聞いたんだい?」
「はい、知り合いのおじさんが話しているのを聞いたんです」と、これにはよねが返答した。
「だったら、そのおじさんに……、って、それが無理だから僕の所に聞きに来たというわけか。……正直言って、その『虹の迷宮』という言葉は初耳だ。だけど、それがどういうものであるのかせっかく聞きに来てくれたんだ。調べてみよう。ただ、論文を今書いているのですぐには調べられないから、それだけは承知しておいてくれたまえ」
二人は顔を見合わせて、微笑んだ。
「それにしても、こうやって質問をしに来てくれるっていうのは嬉しいもんだよ。授業では、先生は話す、生徒は聞く、という一方通行だからね。……これからも何かわからないこと、疑問に思うことがあったら授業以外のことでもいいから、何でも聞きにおいで」
先生の言い方が、何だか近所のおじさんみたいですごくおかしかったが、逆にとても親しみを感じるのも確かだ。
今日やるべきことがすべて終わった帰り道。二人の雰囲気は明るかった。
「良かったじゃん。これで少しは、『虹の迷宮』の謎を解くのに一歩近づけたようだし」そう言って、闘馬は肩掛け鞄を背負い直した。
「うん」頷きながら、よねはオレンジ色に変わっていく太陽に目をやった。すでに夕方近くになっている。買い物客で少しずつ賑わってきた人の流れに、二人の姿はいつの間にか、呑み込まれていた。
「アルドボール、頑張ろうな! ……じゃあ!」銀幕商店街を目の前にして、笑顔で手を振る闘馬に、よねも笑顔で答えていた。
(これで何かわかるかもしれない)そう期待をしていたよねだったが……。
結局、その後、いくら待っても波野先生から「虹の迷宮」に関する回答は来なかった。







