伊達判決を生かす会「砂川事件裁判国家賠償請求訴訟ニュース」第16号(2024/08/10)より

 

来週に迫った控訴審を前に、7月13日に行われた「伊達判決65周年」「伊達判決を生かす会結成15 周年」記念集会での原告弁護士の報告をふりかえります。

今年(2024年)1月15日に東京地裁で出された第一審判決の内容と、それを不当判決として東京高裁に控訴した経過が、説明されています。

〔 〕内は、本ブログ筆者による補足。

 

  砂川事件裁判国家賠償請求訴訟の経過報告と今後の方針             弁護士 細川 潔

 

 

●「事実認定」をめぐる争点と東京地裁の判断
〔今年1月15日に出された〕東京地裁判決の大まかな内容と、それに対する控訴の内容をお話したい。原告が請求したのは、「公平な裁判所による裁判を受ける権利」が侵害されたということで慰謝料、名誉権を侵害されたということで謝罪広告、そして納付した罰金の変換、という3点だった。

東京地裁がどのような判断をしたかというと、結論としては、請求自体が棄却された。その理由を説明すると、「事実認定」についての争いがあった。


〔当日の講演と配布資料は、「裁判官田中耕太郎から米側に伝わった裁判情報」①~⑮(文末注*に列記)にもふれ、今回の判決文で事実と「推認」されたものと「定かでない」とされたものに分けるなどして、所々詳しく説明された。本稿では一部省略〕。


田中裁判長の行為の「違法性及び故意過失」については、まず憲法37条1項の「公平な裁判所の裁判」の意味が、認定された。当の裁判官が事件関係者と「特別な関係を有する」あるいは「手続き外の事情により事件に対する一定の判断を既に形成しているなど」「特段の事情が認められない限り、当該裁判所がなした裁判は『公平な裁判所の裁判』ではないとはいえず憲法37条1項に反しない」というような形で、こちら側に「特段の事情」を立証せよということだった。

●「時効」をめぐる判断
事実が認定された点についても、「公平な裁判所の判断を受ける権利侵害はなかった」というのが地裁の判断だった。そうであれば時効の判断など必要ないのだが、敢えて時効についても、砂川刑事事件が確定した時に損害賠償を請求することは可能な状況にあった、さらに再審請求事件(2014年)時点で違法な行為があったとして争っているわけだから、原告たちは、公平な裁判所による裁判を受ける権利を現実に認識していたのではないか、国に対する賠償等、再審請求を行っているわけだから、国という加害者を知っていたのではないか、
この国家賠償請求をする時までには、時効が完成している――等々の判決内容だった。
除斥期間に関しては消滅時効が成立しているということで、特に言及はされなかった。

●控訴内容
以上が地裁の判断の内容。当然それに対してこちらとしては控訴することになった。2024年1月24日付で控訴状を提出、5月17日付で控訴理由書提出、さらに補充書をこれから提出する予定である。第1回の口頭弁論期日も2024年9月6日に決まり、〔東京高裁〕101号法廷で行われることになっている。


その控訴の内容はというと、まず事実認定の話で、①~⑮の事実自体は、田中裁判長が言ったかどうかということではなく、本件の各文書、電報や書簡の記載から、こういう言動があったこと自体を既に確定できる、ということ。さらに、地裁で否定された事実については、書簡に当該記載がある、ということは田中裁判長から米側に伝わっているのではないか。 

今回の国賠訴訟で孫崎享さんが証人として証言したなかで、「本国に認識してほしいが、責任を回避したいといったような場合は、むしろ曖昧な形で伝えるのが外交技術だ」というふうにおっしゃっていた。その点からすると、田中裁判長がアメリカ側に伝えたということは、各書簡に「言及があった」との明確な記載がなくても認め得る――というようなことを、こちら側から主張する。
実際の砂川事件大法廷で起きた事象から、田中裁判長が行った各言動を行っていたことは、推認できる。

●「公平な裁判所」をめぐる原告側の主張
次に「行為の違法性及び故意過失」については、東京地裁で「公平な裁判所」に言及されたが、これはおかしいと我々は思っている。

そもそも第37条1項の趣旨は「手続き的な側面から予断と偏見のない第三者的裁判所を担保する」ということなわけで、「公平な裁判所」であるかどうかは、厳格に判断しなければならない、と考える。

 

外形からみて裁判所に偏頗や不公平のおそれがある場合には「公平な裁判所による裁判」にならない。そのような外形がある場合には、当該裁判官が訴追者その他の事件関係者との間で事件に関する予断又は偏見をもたらすような特別な関係がない、あるいは事件に対する一定の判断を既に形成していない、などの特段の事情が認められる場合に

はじめて「公平な裁判所による裁判」になる、と考えるべきだ。


「不公平でない」ことを国が立証すべきではないか。立証責任についてそもそも地裁の判断は誤っているのではないか、ということを主張している。


本件で、外形から見たら偏頗や不公平のおそれがあるかどうかという点については、砂川事件最高裁長官である田中裁判長が、裁判外で、事件関係者であるアメリカの大使と接触して、事件の予測期間や方針を話している、ということは、そもそも偏頗や不公平の恐れのある外形ではないか、ということ。


このことを一般の刑事事件に置き換えてみればわかりやすい。公判手続きの最中に、裁判官が、事件関係者と裁判外で会って、合議の内容を話すとは、明らかに異常事態で、それこそ偏頗・不公平のおそれが生じているといえる。


さらに「特段の事情」云々というところは、〔日米間で〕安保改定の交渉が行われている真っ最中だったということからすると、アメリカ側に伝わった裁判情報は、単なる刑事法規則から導かれるとか、最高裁運用の一般論だなどとは言えない。

●「時効」「除斥期間」に関する主張
砂川刑事事件があって、再審請求があって、国賠訴訟があるわけだが、砂川事件の免訴再審請求も、特別抗告が棄却された。その時点で刑事手続き内の是正が不可能になる。刑事手続きにおける精神的損害の回復は不可能になるのだ。

その時に民事の精神的損害が顕在化するということになって、それを認識した時が「損害賠償請求が可能な程度」に加害者を知った時点——それが時効の起算点となる。


こちらの主張としては、再審請求の特別抗告が棄却されて確定した時から3年経っていないので、今回の国賠請求は、消滅時効にかからないということだ。
 

さらに除斥期間の問題がある。砂川刑事事件裁判の判決が確定したとき、1963年から20年で除斥期間が完成してしまって損害賠償請求ができないのではないか、という争点だ。
 

そもそも除斥期間の起算点は不法行為の時ではあるが、不法行為というのは損害があって初めて請求が可能なわけで、起算点は損害が顕在化した時だと考えるべきだ。

先ほどと同じ理屈で、砂川事件の免訴再審請求が最高裁の特別抗告棄却によって確定した時から、除斥期間が進行する、というふうに考えるべきではないかと主張する。
また、「除斥期間」を適用するということが、正義・公平の理念に反する、という主張もしている。

●「60年安保」前の日米共同不法行為という「異常事態」
そもそも今回の件は、田中裁判長が、アメリカのマッカーサー大使やレンハート公使と密会して、公平な裁判所による裁判を受ける権利を侵害した、という事案である。アメリカ政府と田中裁判長の共同不法行為と考えられる。

さらにその後、アメリカ政府によってマル秘指定が行われて隠蔽されたので、共同不法行為者である国が、「除斥期間」を主張して損害賠償請求はできないなどということ自体がおかしい。

 

さらに、原告らが元々最高裁に対して、司法行政文書の開示請求をしていたのだが、最高裁は「文書未開示」という回答をしている。記録を残していなかったのなら、それ自体、国家による隠蔽になる。国が、隠蔽しながら除斥期間を主張して責任がないなどと言うとは、明らかにおかしい。


〔米軍基地への立ち入りという砂川事件において〕アメリカは形式的にみると被害者になるが、実質的には当事者。日米安保条約等の改定交渉等に向けて日米が協調し一体の関係にあった時期であり、アメリカは当時の国際情勢からすると当事者的な立場だった。

裁判当事者であるアメリカに、公判手続きの最中に裁判官が、刑事訴訟手続きの外で、予想される事実や自身の考えを裁判の当事者に伝えたというのは、明らかに異常事態だ。
田中裁判長の行為は「公平な裁判所による裁判」に反する、と高裁でも主張し、他にも補充の主張を行う。


是非、高裁でも皆さまの熱いご支援をお願いします。

 


 

 

注*

1959年に「伊達判決」が出された後、裁判官田中耕太郎から米側に伝わった裁判情報

年/月/日は、その電報・書簡の日付)

1959/4/24

①本事件が他の事件に優先して審理されることとなるという予測的事実

②審理が開始されてから判決言渡しまでに少なくとも数か月かかるという予測的事実

1959/8/3

③砂川事件の判決が12月になるという予測的事実

④砂川事件弁護団が裁判所の結審を遅らせるべくあらゆる可能な法的手段を試みているという事実

⑤争点を事実問題ではなく法的問題に閉じ込めるという田中の決意

⑥口頭弁論を9月初旬に始まる1週につき2回、それぞれ午前と午後に開廷することにより、口頭弁論がおよそ3週間で終るという予測的事実

⑦口頭弁論終結後に14人の同僚裁判官たちの多くがそれぞれの見解を長々と論じたがることによって、判決言渡しまでの期間が長引くという田中の懸念

⑧結審後の評議で実質的に全員一致の判決が下されることを望んでいるという田中の希望

⑨判決について世論を“乱す”少数意見が回避されることを望んいる、という田中の希望

1959/11/5

⑩現時点で判決言渡し時期は未定であるという事実、判決は来年の初めまでには出したいという田中の考え・決意

⑪15人の裁判官がこの事件に取り組む際の共通の土俵を確立したいという田中の考え・決意、またこのことが最も重要な問題であるという田中の考え

⑫裁判官全員が一致して、適切で、現実的な、合意された基本的基準に基づいて事件に取り組むことが重要であるという田中の姿勢・考え

⑬裁判官たちが考えている論点は三つあるという事実、一つ目は「手続上」の論点で、第一審の東京地裁には、合衆国軍隊駐留の合憲性について裁定する権限がなく、不法侵入事件という固有の争点を逸脱しているのではないかと考えている裁判官がいるという事実、二つ目は「法律上」の論点で、米軍駐留により提起されている法律問題に取り組むべきであると考えている裁判官がいるという事実、三つ目は「憲法上」の論点で、日本国憲法下で、条約は憲法より優位にあるかどうかという憲法上の問題に取り組むべきであると考えている裁判官がいるという事実

⑭評議において一審の判決は支持されていないという事実、一審判決は覆されるであろうという予測的事実

⑮裁判官15人のうちできるだけ多くの多数によって憲法上の論点について裁定させることが重要であるという姿勢・考え、及び憲法問題に一審が判決を下すのはまったく間違っているという田中の考え

〔以上、集会当日に配布された細川弁護士の資料より抜粋〕