ワンオペ育児の最終章は、

夫の単身赴任です。



単身赴任生活は

6年に及びました。



事情があって、

私と幼稚園の息子と

1歳になったばかりの娘は

残ることになりました。



それまでも

夫はあまりいなかったので、

生活はほとんど変わらない

と言われ、

それなら大丈夫か

と思いました。



でもやはり

これまでとは違いました。



夫は月2回ほど

帰ってきてくれましたが、

全てが自分にのし掛かる

感じがしました。



この頃になると、

もはや寂しいとかいう

段階ではなくなりました。



1人で子どもたちとの生活を

回さなければならない

責任と忙しさに

忙殺されそうになりました。



年齢に応じて

幼稚園や習い事、

それから小学校に通い、

それぞれに

色々な行事もありました。



全部1人で対応する

しかありません。



子どもたちは

だいぶ大きくなるまで、


よそのお父さんは毎晩帰ってきて、

日曜日はお休みの人が多い

なんて知りませんでした。



うちはお父さんが普段いないから、

どこにも遊びに連れて行ってもらえない


とは思わせたくなかったので、

1人で色々な所へ

連れて行きました。



ディズニー、上野動物園、ピクニック、

スカイツリーの子ども向けイベント、

カヌーに乗りに行ったことも。



それは楽しかったです。

精一杯やりました。



しかし体は正直で、

目が回って寝込んでしまった

こともあります。



体調を崩して

死にかけたこともあります。



健康には自信があったのに、

死ぬかもしれない

と初めて思いました。



当たり前かもしれませんが、

死にそうになったら

もう声は出ないし

電話も掛けられないから、


救急車も呼べないことが

この時初めて身をもって

よく分かりました。



誰かと同居していなければ、

助かるものも助かりません。



冷たくなって

動けなくなった体で

這うようにして

お風呂のお湯を溜めました。



そこに力を振り絞って

ドボンと入り、

体を温めて起死回生した

なんて、

嘘みたいな話です。



それでも私は

1人ではありませんでした。



第一に

子どもたちがいましたし、

夫はよく電話をくれて、

月に2回ほど

帰ってきてくれました。



それに

近所の方々が良くしてくれて、

友人が気に掛けてくれ、

助けられたこともありました。



幼稚園にも小学校にも

ママ友がいて、

私の居場所がありました。



結婚して越して来た頃は

慣れない土地だったのに、


子どもたちのおかげで

すっかり自分の社会が

できていました。

 


そんな6年間を過ごし、

世間はコロナ禍に。



夫は3、4か月

帰って来られなくなりました。



それと

下の子の小学校入学を機に

単身赴任を解消し、

今に至ります。



あの6年間が

私を強くしました。



周りの人に感謝する

6年間でした。



あの時の人々との出会いに

心から感謝しています。