林信太郎先生のお別れの会が、昨日10月21日(火)11時30分~ホテルニューオータニであったので、
参列してきました。
林信太郎先生とは、私が2020に入社したころからご縁をいただいていました。
林先生と緒方が、大阪の某会社の社外取締役を務めていたこともあって、
毎月1回大阪に行くたびに、お会いしていました。
いつも私に
「緒方先生を頼みますね」
と言ってくださっていた。
経団連会館で、カレーライスをよくご馳走してくださいました。
偉大な方だとはなんとなく感じていたけれど、
お別れの会に参列させていただき、改めて林先生のご功績に驚きました。
1921年8月7日東大阪市にお生まれになった林信太郎先生。
若かりしころの先生が新聞に掲載されておられて、そのコピーがお別れの会の会場に飾られていた。
その内容は、乾物屋を営んでいた両親の手伝いをしながら一生懸命に勉強にも励み、
満州の建国大学にトップで合格したというもの。
ものすごく苦労されたことがうかがえる。
その後、商工省に入省され、
ジャスコ(現イオン)の副社長も務められた。
昨日のお別れの会は、イオン主催で開かれました。
岡田卓也名誉会長はもちろん、
小嶋千鶴子さんも、三重から来られておられました。
久し振りにお目にかかれ、お元気そうで、緒方主幹も喜んでいました。
私は先生のニコニコされているお顔しか拝見しておらず
いまでもそのお姿が思い出されます。
あまり昔の話をされなかったので、
もう一度林先生にお会いして、人生訓をお聞きしたかった。
享年87歳。
林信太郎先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
