最近、「団地物」が多い。
時代がやっと私に追いついたのか?

私は人生の大半を団地で過ごしている。
以前もブログで書いたが、団地は「コスパ」が良いのだ。

ただ、この話はそういう話ではない。

今流行りの50代半ばの独身女の話である。

某国営テレビで昨年BSで放送されたが、
私は当然、BSが無い。
なので、珍しく原作を図書館で借りたが、
高校生が書いたのか?というような作品で
1時間足らずで読み終え、記憶にすらない。

なので、あまり期待せず観たが、
ドラマは、なかなか面白い。

外さない女優、「小林聡美」

こういう、ほのぼの系の作品=小林聡美
彼女の作品はいつもドラマチックな展開がほぼ無く、
8割、日常を淡々と描いた作品が多い。

「かもめ食堂」「山のトムさん」「めがね」「パンとスープと猫日和」

これまた、何を演じても、小林聡美なのだが、
実直に生きている独身女を演じると、
日本一。

容姿もほどほど。
頭脳もほどほど。
仕事もほどほど。
性格もほどほど。

凄く嫌われるほどの個性も無く、
凄く好かれるほどの個性も無い。

そう、ほどほどの、女。

結婚して、母親になっていても全く不思議でない女が
何故か独身のまま中高年になった。

彼女の様な女性は、今の日本には結構多いのかも知れない。

氷河期世代は男がクローズアップされるが、
女も同じ。いや男以上に就職が厳しかった。

特に50代は、バブルがはじけた時にまさに20代前半。
しかも親は団塊の世代、「歩く生存競争」で、まあ灰汁が強い。
その反面教師なのか、氷河で凍り付いたからか、
目立たないタイプが多い。

そんな50代後半の女二人、ノエチと奈津子。
団地で育った二人は、幼稚園時代からの幼友達。
共に一度は団地を離れたが、舞い戻った。

ノエチは大学の非常勤講師※非常勤講師=時給バイト
奈津子は元イラストレーターで、ほぼ無職。

フリマで不用品を売って小銭を稼いだり、
ご近所の手伝いをして、おこづかいをもらったり、

恐らく、今のままだと、年金も10万以下であろう。
本来なら、先が見えない「悲惨な二人」である。
だが、まったくもって、「楽しい二人」と描かれている。

少なくとも彼女たちには「住処」がある。
「家」があれば、なんとかなる。
たとえそれが古い団地であっても。
しかも、彼女たちにとっては、社会に出るまでの、「娘時代」を
過ごした住み慣れた場。

そう、彼女たちは実年齢は中年だが、心は「娘」
社会で色々苦労はしたかもしれないが、
人の「親」となっていない人は、永遠に「子」である。

私が人生の厳しさを知ったのは「親」になってから。
人を育てるのは想像以上に大変で、その99.9%は「現実」との闘いである。
自分の事ならば、自分がどうにかすればよいが、子供は思い通りにはいかない

「他の生物」。
「まさか?」という悪い読みが、たいがい当たる。
そして後始末するのは親。

まさに「修行」

自身の事は二の次、三の次、
にもかかわらず、感謝されるどころか、恨まれさえする。
子でなければ、間違いなく「絶つ相手」
自分の理性とせめぎあい、時には自身の事も嫌悪する。
それゆえ、「修行」となる。

自身の親にさせた修行を自身も経験し、
ようやくプラマイゼロ。

その修行をしていない彼女たちは、「永遠の娘」で、
自己完結型である。

人にもよるが、子を持つと、常に脳の半分は「子」が占める。
一種の腫瘍の様に、時に大きくなり、治療すると少し小さくなる。
それは子の中にも巣食い、お互い一生消えない。

一方、彼女たちの脳は「少しの親」と「多くの私」で完結している。
じゃあ、痛みが無いか?というと、「私」が占めるエリアが多いほど、
悩みが出口のないループに陥り、心の病になりやすい。

だが、独り身が長いと、日々、金銭的、精神的、「自立」が促されるので、
「一人上手」となる。
つまり、自分の慰め方が上手くなり、老後の達人となる。

一方、ど~~っぷり専業主婦だった我が母の様に、親であっても、「自立」という
文字とは完璧に無縁で、「〇〇してもらえない、△△してもらえない私は不幸」
と文句ばかり言いながら、一生を終える人もいる。

なので、どちらが良くて、どちらが悪い、という問題でもなく、
どちらが幸せで、どちらが不幸という事でもない。

一見、能天気な二人に見えるが、若い世代とは異なり、
古い団地の様に、今に至る自分たちを、認め合い、慈しむ。

人は生きている時代により、自分の範疇でどうにかなる事と、どうにもならない事がある。
50代までは、それでも「あがく」エネルギーがあるが、60過ぎると、抗う事に疲れてくる。

高齢者が「なるようにしかならない」境地になるのは、
「頑張ったが、どうにもならない」という結果でもある。

若さは、あっという間に通り過ぎ、鏡や写真を避けるようになる。
他人から「老人」として見られる日が来るなど、知ってはいたが、
分かってなかった。

「そういう事か」

私が見ていた、「あの人たち」の一員として、私も見られている!!??

でも、それを理解すると、
色々なものから「解放」される。

生き物は「老い」を受け入れてから、「最終章」が幕開けし、
自身の為に、死ぬまで生きる。

のかも?
と感じる今日この頃。