3月末で仕事を辞め、リタイア生活に入った。
最初は気楽に、
「まあ暇になったら週3位のパートをしたら。。」と
考える、というより、自分に言い聞かせていた。

失業手当は今回が最後で、9月中旬まで満額受け取り、
そして、とうとう、失業手当も終わった。

で、実際にフルタイム以外で仕事を探すと、
60代は、コール、介護、清掃、ポスティングと
今までの経験を生かせる仕事は無い。

これらの仕事を軽んじているわけでは無い。

ただ、私はIT以外の仕事の経験は少なく、
さらに、自分で言うのもなんだが、
「我」が非常に強く、分析+推論能力が長けているので、
「なんで?」が抑えられない。

結果は火を見るより明らかである。

で、辞めた。

仕事を探すのも辞めた。

そうすると、少し気持ちが楽になった。

そんな時に「パンとスープとネコ日和」をAmazonプライムで観た。
これまた、日本一の普通の女、小林聡美

彼女が、母親の死+職場の異動を機に、
母親の食堂を改装し、「パンとスープを提供する」店を営む話し。
原作の作家、群ようこの「れんげ荘物語」が仕事をしていた時の精神安定剤だったので、
この作品も本で読んではいたが、
ドラマの方が断然面白い。

「団地の二人」同様に、日常生活を淡々と描く。
ドロドロとした人間関係も策略も悲劇も、
号泣、激怒、別れ、いや、恋愛すらない。

極悪人も居なければ、聖人も居ない。
ごく普通の人の話。

そう、実はこの「普通」というのは、

ファンタジー

実際の世の中には、
信じられないほど自己中で意地の悪い人間がウヨウヨいるし、
過酷で残酷な出来事も時にはある。
今日の家族は、明日の「他人以下」というご時世。

この、普通の世界は、

実は、絶妙に身近に見えるが、
実は、絶対にない世界。
実は、「普通の人達」の「普通の生活」という名のファンタジー

そこそこ穏やかで、そこそこ悩みがあり、そこそこの人間関係があり、そこそこ悲しく、そこそこ楽しい。

どんなに金を積んでも絶対に手に入らない、
実は全く普通でない、「普通の生活」

この、「普通」と言うのは、そもそもなんだ?
AI君に問うと、

固定された絶対的な基準ではなく、人々がスムーズに共存するために
暫定的に共有している「目安」や「多数派の感覚」

なるほど、つまり、実体が存在しない抽象概念。
「スムーズに共存するため」って、
そりゃあ、ファンタジーだわ。

この、「パンとスープとネコ日和」というファンタジーの中で、私に刺さったのが、
小林聡美演じる「アキコ」が師と仰ぐ、料理研究家の先生に書く手紙の中で、

「私、真面目過ぎました。私、これからは不良になります。」

というセリフ。

「はっ!そうだ!私も真面目過ぎた!!」

この40数年の超過酷なサラリーマン生活で、
骨の髄までしみ込んだ「働く=正」という概念から、
心のどこかで、いや、ど真ん中で、
働かずに過ごす事に強い罪悪感を感じていた。

そして、自分で自分を縛り、追い詰め、不自由にしていた。

でも、もう良い。

たとえ罰が当たっても。

「私、これからは、不良として生きていきます」