この言い回しも
何度かここに
書いていると思いますけれど、
ここ1年半くらいですかね、井の頭公園のそこそこ近い部屋に引っ越してきて、
まあ、
今までにないくらい、静かというか穏やかに暮らしていました。
外で暮らしている猫(ボスとジョビのすけ)のごはん係を担当させていただいたり、
友達にはやけにいろんな話を聞かせてもらうようになりました。
まあまあ
お仕事もして
部屋で歌や演奏などを録音したり
来る日も来る日もDVDや副音声を流す日々もあります。
なかなか盛りだくさんですけども、
印象としては
暇なくらいです。
ちがうかな。
リラックスしていたってことなのかしら。
上京して来て14年くらい?
一人暮らし(ほぼ)なわけですから
それの
わたしなりに洗練させた(だらしなさも含めて)バージョンを
確認したような感覚もあります。
まあ既視感があるので ある意味それは退屈だとも言いかえられるかもしれません。
(ちなみに次はドラムだなあ と今でも考えています。
そのタイミングを寝かせています。)
振り返りつつ再構成しつつの大事な小休止。豪華なぼんやり。
実際に
こう
年表じゃないけども何年に何があって何を作って誰と別れて仕事がこうなって
などなど
ポイントを
書き出してみるなどを初めてしました。
そんなことをすると
まあ
「ああ、あのとき」とかなんとか
考えたりもしますけどねぇ?
そういうのも
経て、
『せまさ』も思い知って、
それで
ようやく
こないだ
「自分の子どもにとって
わたしはどんな親なのかしら?」
なんて想像が
初めて あるかもしれないこととして
まあ ゆっくり
(とりあえず予定はないのでね)
考えてみることを
はじめることができたのですなあ。
お父さんになったばかりの友達とも話したし、
もうすでに2人の男の子のお父さんをやってる友達にもついこないだ
いろいろ聞いてみましたよ。
やー。
でもまあ
こういう『せまさ』を備えたわたしとね
あとはまあ金銭的にはおそらく豊かでない環境なわけで
それを踏まえてなお
わたしとこう
一緒に組んでみようなんて子はなかなかなかなか
いないだろうけどもー
でも
(いままでは想定していなかった)
お父さんと子どもから見たポイントみたいなものも
暗闇のなかに浮かび上がったように思います。
ドリーミーだね。