それでね?

あれなのね。

音楽聴くとき、

本当に
ちょうど良く
そのとき
聴きたいものを
聴きたい
という
気持ち。

強いかもしれません。

けっこう
わがままにさせている。

なんなら
その感じを
育ててるつもりで。
うむ。

さてよ

みなさん

ご存知

中田君という
友達がいますよ。


バンド組んだときにはベースをやってくれていました。

わたしが上昇思考(バイトやめたい症候群)にとりつかれたころに
中田君はバンドを抜けたんだけれど
そのあとも
友達でいてくれたのでした。

彼は
ずっと一貫して

バンドの歌より
カセットテープの
テレコ時代の
あれ

あれでもう素晴らしかったよ


くりかえし
言ってくれていたわけなのですよこれがまた。


そうかいー?

なんていいながら

現時点の抱えてる
思いやら悩みを
話したりすることで
時はさらさらと
流れていたわけなんだけど。


こないだ
中田君と経団連前の抗議(!)に
行ったときに
中田君のつながりツイッターのお知り合いに、ながれで
紹介されるなどして
お店でなにか飲みながら 雑談(原発の話題含む)やらをしてるときに 最近の宅録(といっても3年くらい前のやつ)の自分の音源をついでにお渡ししたのだけれど

後日思いのほか好評(じつはもうあまり期待していない)で、
その方の気に入りかたが
ちょうど良く気に入ってくれている感がしっかり
あったのでおどろき
捨てたもんじゃないなあ
(なにを?)


思ったりしたその
流れに
ほだされるようにして。


ある夜

部屋で
ひとり
クローゼットの扉をあけて

閉じられた箱を
ガサゴソと取り出し

その箱から
数年前のカセットテープの生き残りを
取り出して

(自分の未熟さに恥ずかしくなる心構えを用意しながら)

テープを再生しました。


すると

(自分で忘れているので)
知らないのに
気の合う歌が
とても
心地よく
いじらしく
鳴っていました。


(驚愕)

まじか…


今の
ちょうど良く聴きたい音楽に
全然ひけをとらない良さが確かにあって

すごく動揺


でも
それは
(かつての)
わたしの歌でも
あるので


なんか

すごく

優しくされたような

助けられたような
感触
があって


すごくショック。


そして

嬉しいんだよ。


それに
「ちっともかえりみず、気づけなくて、ごめん」
って気持ち。


こんなに
いいのを作ってたのに
俺は俺を
全然認めてなくて

というか

(作っただけで)
聴いてなかったんだよね。

聴いてる気分も

余裕も

必要な落ち着きも

ずっとなかったから。

(それが、今なら
あるんだな)


長かった。


やあ

ばかみたいだけど

テープ

ほんと素晴らしくて。

しかも
テープは何本も
あるんだよ。

いい曲が何十曲も
あって。


あの頃
不幸なつもりの暮らしで

なんかの
お祈りとかおまじないのように
さみしく夢中で
作ってたテープ


なんだ
今の
わたしは

こんなに嬉しいのよ。

びっくりしたんだよね。


こんなばかなことが
こんな素晴らしいことが

あるなんてだよ?


うむ。


そんなわけで

久しぶりの兄弟のような

数年前の自分と
わたしは
まだちょっとぎくしゃくしながらも
仲直りしたい気持ちでいる。


こういうしあわせもあるんだ。


(よくこんな恥ずかしい話を書きますねこの人!)


書きました。


でも
まったく

そんなかんじなんです。


いろいろあって

(たぶんいろいろある)


また
あの頃のテープを
ダビングして

ジャケの絵を貼って
歌詞の紙も付けています。


ばかみたいだけど
誇りに思います。