年下だけど
霊感強い友達と
久しぶりに話をしたときに、
見抜かれた。

「きみは
気持ちがコロコロ変わりすぎ、
すぐ揺れるでしょう?」

(そりゃあ
まあ
ずっとそうである)

聞き返してみた

「そうじゃないひとっているの?」

「いやー
それがいるんだよ!
あたしもわりと最近気付いたんだけどさあ」

(そうなのか!
わたしは驚く。)


「気持ちがそんなにぐらぐら揺れないような人はいるんだよ」

(ひきつづき
わたしは驚いている)

「え!?
それは
どうなればいいの?」

(たずねるわたし)

「『どうなりたいか?』ってのを見つけないと。まず、見つけるところから、自分で見つけないとねぇ?」


(そ、そうなのか!)


なんというか、
普段

わたし、

気持ちが

さみしいな
とか
無闇に広がる虚しさ
とか
そういうトーンに
染まるときがあり、
それに捕らわれているあいだ、
なんというか、
動きは
止まる。

ちがうか、
うむ、
うずくまる
というのか。

あんまり

面白いことが浮かんだりするような
かんじではなく、

ちょっと

ブルーに閉じ込められるようなかんじだろうか。

(きっと
窓でも開けて
景色でも見ればいいのかもしれないのだが。)


そういうトーンに
心か転がるときが
けっこう
あったのだ。

これを

気の持ちようで

するりと抜け出したいのだが

じつは
「持ちよう」

よくわかっていない。

『なにか、
もっとコツがあるのかな?』
ぐらいに
思っていた。

つまり
「気持ちがコロコロ」
ぐらいは
みんな
そういうものだろう

見当をつけていたのですね。


さて。

もう少し
聞いてみよう。

「じゃあさ?
ぐらぐらしないひとってのは
なにが違うの、おれと」

すると

「あのね、
そういうひとはね、
『土台』があるの。
気持ちに『土台』みたいなものがあって、そうかんたんに
ぐらぐらしたりしない、
そういうひとが
いるのよ」

(初耳だった。)

「おおー。
ん?
その『土台』
っていうのは
生まれつきあるもんなの?」


「ちがうよ、
見つけないと。
気持ちの『土台』は
みんなそれぞれ違うもんだから
まずは
なにが
自分の『土台』

なるのかを
見つけないと
いけないし、
そんなの簡単じゃないし、
『土台』にしていくには
時間だってかかるしね。」


まじか。


それから

わたしは
今まで
想像したこともなかった『強さ』みたいなものについて、

それについて

初めて
切実に考えている。

強さ
ってなにか?


考えている。


それは

あるはずだ

思っているのよ。

探し中。