そのね、


高校生の(わたしの)理屈は

めちゃくちゃです。

完全に
文明とか便利の
システムの上で
すっかりそれに
頼りきったような形で
わたしも暮らしているわけです。


だから
わたしも

そうそう軽はずみに
あの高校生のようなことを
言い出したりはしません。


でも


でもねぇ。



矛盾があろうが

破綻があろうが

稚拙であろうがね、


いまでも


あの高校生の

『早い乗り物は時間を豊かにできなかったね』

とか

『便利なんて大して信用できないってば』

とか
そういう

ぶっきらぼうで
隙だらけの

言い回しを

ずーっと

忘れられないんです。



いつか
そのことについて
ほんとに考え始めたらば
ものすごくいろんなことも考え始めることになりそうで
躊躇していたのだけれども。


考え始めちゃったかもしれないです。


はい。


いま
ほら

山口県の
上関町の
田の浦の

海を埋め立てて
原子力発電所を建設するのを

『いやだ』


思うときにね?



見事に
それは

あの高校生の

世界の仕組みに対する
いらだち/むかつき
とも
つながっている
と思いました。



つながって
いろんなことを
知ろうとする季節が
ついに
わたしにも
やって来たみたいなのね。




「めんどくせえ。」


知ってるよ。


でもそれを
乗り越えるのだ。



その
むこうを

あの子と見るために。