わたしは疎かった。

なんでしょう。


子供時代、
カタカナで綴るなら
チャイルドフッド。

わたしは
荒れていた。

たとえて言うならば
口内炎だ。


不良でも
派手でも
ポップでもなく


家庭内歪みを
調整しようとした
副作用かなんだか
しらないけれど

地味で真面目そうなまま

内面っつうか
頭んなかが
荒れていた、
ぱんぱんに腫れていた、
比喩ですけど。

でも
そういうと
まだ
聞こえがわるかないようですが、

実際

東北地方の
仙台の

食やら
音楽や服のいわゆるセンスやら
金銭的余裕やら

疎い両親と
共に暮らす


頭んなかぱんぱんに腫れてる
男子中学生なんて、

きびしいんですから、
見た目とか

ひどいんですから、
たぶんスーパーの衣料品売り場とかの
選んでもいないような服だったりを
着てるわけさ。

本人も
ぜんぜん(自分の見た目なのに)
それどころじゃないと
ちょっと偉そうなほどに 軋んでたりするわけです、
男子中学生。


むー。


後回しでした。
見た目。

でもまあ

今振り返っても
(あまり思い出したくないですが)
ものすごく精神的余裕がない日々だったので
悔やみようがないんだけども、

もうちょい、こう、

かっこいいとか
かわいいとか
素敵の

仕組みを

考えてみてもよかったんじゃないか?
青年。


まあね。


正直、

僕ぁ

長い間、
鏡を見るのも恥ずかしかったんです。

『かっこよくなりたいと思う気持ち』
自体を
気持ち悪い
と思う癖がありましたんです。


で、ほんとはそれは
元を辿れば、

鏡を見て『どうしたらいいかわからないくらいに垢抜けない自分』に
かなり明確にがっかりして



その『がっかり』が
嫌で、

『鏡』も
『かっこよくなりたい』も

嫌いになって、


記憶をすり替えるようにして

『かっこよくなりたい』なんて
気持ち悪い!

思うように
なった気がするんであります。

そうなのです。

彼は(わたしですが)

ばかです。




そして、
ニルヴァーナの登場です。