いらぬことをする。
いつもより遠回り、
新宿経由。
つまりまたロックステディのCDがふえる。
中古だけどね。
この購買意欲は
なにかのメタファーか?
なにかの身代わりか?
帰り、
下りの西武新宿線。
混むのが
とてもいやなので
各駅停車で
遅々としながら
帰ってやるのだ
と
思っていると
アナウンス。
ちょうどいましがた
人身事故が
あったみたいだ。
それから
あれから
30分経って。
動かない各駅停車の
一番後ろの車両で
電車の角に寄りかかっている。
疲れてないわけじゃないのだけれど
今日はイライラしないな。
イライラする日だってたくさんあるんだけどもね。
まあ、
ラッキーなことに
僕は
波にも乗ってないし
リズムにも乗ってないわけで、
おかげで、
さまたげられたりもしないのだった。
都市機能。
有能な電車のタイムテーブル。
人身事故は
(ほぼ)誰かが
死んだということ。死のうとしたということだ。
それを考えないで済むようになどされないようにしようと
最近は思う。
べつにシリアスじゃなくって。
クレバーでもなくってよ。
とか
言いながらだ。
じゃあなにしてるかといえば
イライラせずに
でも
あいかわらずたくさん通り過ぎる
「かわいいわあ」
と
思わざるをえない女子を見ては
「かわいいわあ」
と
思うばかりなのである。
ぜんぜん
がんじからめ
なのである。
シュッとしてる
とか
すらり
とか
つるつる
とか
さらり
とか
ふわり
とか
わかっている
とか
ぜんぶ
「そう見える」
そのかわいさに
(瞬間的には)
首ったけなのである。
そして
都市では
知らない人のまえでは
わたしたちは
つるつる同士なのであって
どうにも
どこまでもすれちがい続けるのでありますのだからして。
(1時間が経とうとする頃、やっと電車はうごきだすようです。)
でもなあ
もしかすると
友達にしょーかいとかしてもらって
会ったりしたらば、
彼女ら(一体誰のことなんだよ?)
も
顔を崩して笑ったりするのだろう。
ああ
たとえば
何年かまえの日々に
ほんとに
こう、
いきていて
心臓なんかも
ちゃんと
動いていることや
胸のどこに心臓が
あるのかとか
そんなことを
を
ちゃんと
きみと教えあったり
すれば
良かったな。
それから
それがいつでも
経済成長を
信じることは
ぼくはこれからも
ないんじゃないかしら?
ともあれさ
きみの電車は
きみにやさしいかね?
ぼくの
ようやく
うごきだした
各駅停車は
臆病で半端な
ひっくりかえった闇を
どこへも向かわない。