仙台から

帰ってきて、

次の日の仕事までの
あいだに

もいっかい
「サマーウォーズ」を
見た。




昨日の話。

うちの実家は

『わたしの部屋』
どころか

家が丸ごと
おやじの(ための)
空間になっていて

かつての
わたし部屋は
いまやおやじの寝室で
むかしの荷物など
ひとつも見当たらないのであった。




逆に
そこには
調和があったりした。


それもまた
いいのかな。



おやじは
一軒家にひとり、
調和しながら
暮らしているようだ。


さて

ひとりで
近所の神社へ
ひさかたぶりに
ゆく。


仙台も暑くて。

建物が低いぶん
空が広かった。


雲だってずいぶん
やりたい放題にふくらんでいる。


神社もやはり
小高いところにある。

アスファルトではない
道を右のほうに曲がりながら昇ってゆくと、
いつの間にか
まわりを杉の木が
囲んでいる。



神社の広くない境内、いいかんじ。

大きくもないたてものをぐるりまわっていると
杉林の切れ目から
見覚えのある
かつて見下ろした覚えのある
自分の家の近所の屋根や横っ面や窓。


記憶と
彩りやこまかいあれこれが
違っているのがまた
なぜかいとおしい気もするみたい。



そのあと
暑いのについ

近所を
歩いた。


なんと、


わたしの近所は
草だらけ山だらけ。
ちょっとした
坂の上の地区なので

見晴らしが
良くってね。


あいかわらず、
田んぼの青々や
固そうなアフロみたいにモコモコと黒にちかい濃い緑の林。つたを絡めまくる草たち。
それは遠くにも。
近くにも。



「こんなに景色が
いい場所だったんだ!」

(僕は子供時代、景色なんて見てませんでした)


と、

けっこう

「わあ」


思いました。


だれにも
会わないし、


懐かしい顔も
見たりしないのに、

なんか

けっこう良い。


この場所
好きだなあと

その夏の
真っ昼間には

思えました。



居場所があるとか
ないとかは
置いといて、

良いとこだと

思った仙台の

おやじの住む家の

近所のたたずまいなのでした。



来てよかった。