東京は朝から雨。

いささか強すぎるのではないか?

いつの季節のどんな時間だか わからなくなるような雨だ。

僕は生活スタイルとやらが 洗練されていないので、
起きたあと、予定通りの雨に対して バスで行こうか 自転車で行こうか だらしなくこころ揺らしたのちに、でっかい傘を持ち自転車に乗ったのだが、

イヤフォンからじょぼじょぼこぼれてくるのは
ゆうべ寝るまえに 決めていたとおりに
エリオット・スミスのアルバム
『フロム・ア・ベースメント・オン・ザ・ヒル』。

ああ、ちょうどいい。今日の気持ちにちょうどいい。

ややこしいことではない。僕は、エリオット・スミス、彼のことが好きなのだ。

しかし
『フロム・ア・ベースメント・オン・ザ・ヒル』。

とても好きなタイトルであるよ。

(実際このアルバムが完成する前に彼は亡くなっているので、タイトルを決めたのが彼自身なのかは僕は知らないけれど)


暗いような 格好良いような 意味がないような ありえないような 伝わりにくい冗談のような 切実なメタファーのような。

僕は(すこしばかり乱暴に)それを
「やさしいじゃん」

思ってしまう。

『丘のうえの地下室から』
である(合ってるよね?)。

それが
タイトルとして
剥き出しになってる時点で やさしいとおもうよ。

抽象的に過ぎるだろうかしら?
(以下、決して決して、分析などではない)


『丘』、いいよね。なんだか、ほんのり楽しそうな気配がする。緑の香りもするかもしれない。


『地下室』、それは馴染みのある場所だ。僕らはそこで身を守ってきた。不吉と言うひともいるのかもしれないが、そこにはちゃんと毛布だってある。大事なものをこしらえるときには 静かな場所が必要なのだ(誰もがそうだとは思わないけど)。
大事なものを修理するには 静かな場所が必要なのだ(たとえその場所が空想のなかにしかなくても、だ)。
たぶん そんな『地下室』。

エリオット・スミスが(あるいは僕らが)音楽をこしらえていた
(きっと、みすぼらしい、でも親密な)地下室は
丘の上にあるのだ。
そう、
地下室が
丘の上にある。

なんだか
天と地がひっくりかえってるかんじがすこしする。(僕は、するの。)



うまく言えないんだけどね

言いたくないんだけどね

エリオット・スミスの作った歌は もう とても いいかんじ。
そしてまあ それを(それすらも)、
「地味すぎる」とか「暗いかんじ」とか「つまらない」とか
いうふうに判断して通り過ぎる人もたくさんいるんだろうけどさ?

でもさ

そんな みすぼらしい(かもしれない)地下室がさ、
丘の上に
あるわけさ、
在ってもいいわけさ。

それって
(言いたくないけど)
まるっきり希望だと僕には思えたりするよ。

なんかさ

気高い悲しみは
希望のかおりがするようなさ?

そんな かんじさ。


(いや
うまく言えないねえやっぱり)


うーん。


すごく美しいのよ
素朴でボロボロで
凛としててでも虚ろさも隠せずに
とにかく
いい歌 でね
素敵なわけだよ。

そんなのが
そんな歌が もうあるだけで希望だからさ。


うむ。

(イメージばっかりで
すまんね。)


ベースメント・オン・ザ・ヒル。


秘密の ひっそりとした 地下室がさ

きみ が ちゃんと 見つけられるように 丘の上に あるわけさ?(形は見えないかもしれないけどね)

もしかしたらもう
地下室のなかには
誰もいないかもしれないんだけど、
それでもやっぱり
きみ に 見つけられるのを 待っている。きっと毛布とか
すこし埃をかぶったギターや小さなアンプなんかもあるんじゃないかな?


僕は勝手にそんなことまで 思い浮かべちゃって じーんとしたりしてさあ。

(まったく困ったもんだ)


エリオット・スミス。

彼は とてもいいやつ。


雨は止まないねえ。

でも明日は晴れるってさ。


きみ が やさしくなんてなれなくったって 今日のところはそれでいいんじゃないか?


僕もなんとかやってみるつもりだよ。


それじゃあ元気で

また あとで会おう。



(とはいえあなた
仕事中、の待機中、にそんな思いに耽っていてはいけませんよ)


(はい、ごめんなさい)