ちがう。
まったくそうではない。
僕が書いていたのは
喩えばなしじゃない。
本当に 見た世界だ。
そのとき僕は
表面上は
ホテルのレストランのウェイターっていう
職業として
いちばん物腰がやわらかくて (その反面)冷たい存在 として そこに いた。
でも そうじゃないよ。
僕がそのとき
アルバイトをしていたのは
表面上は 『バンド活動をしている』から、みたいなかんじで 周りからは なんとか 許容されていたか それか 単純に 無意味だったから無視されていたのかもしれないけれど
本質的には
『社会的に』
『社員になる』という
発想が どうしてもできなかったからだ。
それは
本当は
『バンド活動でなんとかする』とか
そんなニュアンスの 『夢』っぽいトーンや 『若さ』のイメージの傘を借りて
とりあえずの
世間の目から 身を隠していたようなもので
(なんとか)
そう見せていただけで
生命力に溢れたような 負けん気に溢れたようなアティテュード やら モチヴェーション に導かれた状態では ないのだ。
(そしてそれは今だってあんまり変わりがないが)
僕の 精神状態のバランスっていうのは
物心ついた頃から?
余裕というものが
なかった。
小学生や中学生や高校生のときに
(実際には文句なしに若いはずなのに)ほとんどそのあいだじゅうも
心に余裕というものがなかった。
というか『未来』とかいうような そんな素敵な響きのものは ほとんどなかったのだ。
というか この時点で
書けば書くほど
ありふれたことにすり替わっていくようで (そりゃあまあよくあるはなしだけど)
とても無力感。
まだ子供
というか
ずっと子供なんだけども
その子供が居る場所が自分の家なのに
居たい場所でなく、
苦しい安心できない場所で、
なおかつ 不安定なそこから 『学校』やら『クラスメイトたち』なんて世界に さらに不安定な『若さ』を抱えて
出掛けて行く。
とっても地獄。
(そんなこと、なかったのかな?)
どうも ここらへんのことを書こうとすると ユーモアがまったく織り交ぜられやしないったらありゃしない。
(今日は、ちょっと、書けないかもな)
世界があんまり居心地が良くない、
そういうひとは
きっと
たくさん
いるのだろうな。
(好きなものだってもちろんたくさんあるのにね)
子供の頃から
自分が居る世界と
仲良くできない。
最初からそうなんだから
そもそも『世界』はそうなんだと
子供は思っていたよ。
いや ちがうな。
僕は
『全然ちがう素晴らしい世界』
に
どうにかすれば
がんばれば
行けると
思っていたよな。
20歳すぎてから
母親が自殺をした。
彼女も世界と仲良くやれなかった。
楽しい面を見つけるのが なぜだか
むずかしくなったのだろう。
その息子としての僕が
ホテルのレストランのウェイターという仮面をかぶって
トゲトゲの心になってしまったおばさんを
見ていた だけだ。
僕は トゲトゲを
笑い飛ばすことは
できないのだもの。
あら。
なんだか今はとっても
不安定。
でも 寝なくっちゃなあ。
僕は
えーと
とても
音楽が好きです。
じゃ
じゃあ
寝ます。