朝食のバイキングの時間帯が終わる頃には
レストランと隣あわせ(プランター/洋風の植木かなんかで区切ってあるだけなんだけど)の
ラウンジ/高級喫茶店がオープンする。
そこにお茶を飲みに来たり軽食を召し上がるようなお客さんは
バイキングのお客さんとはまた毛色が違った。

そこには
(ある程度例外なく)
金を使いたい人がやってくる。


バイキングのほうはまあ ファミレスをちょっと高くしたくらいの料金設定だけど、
お隣のラウンジには
「ホテルのロビーのラウンジでお茶」という幻想が
まだ成立していることを証明するかのような(つまりかなり高いと感じる)料金設定でありましたよ。

そこには 御婦人 といった心づもりの方々が 訪れていた。
打ち合わせらしき人たちもいた。
常連さんなんかもいただろう。

その常連さんとおぼしきお客さんのなかには
ひとりで来ているらしいおばさんがいた。

なにやら
ウェイトレスを呼び止めて ぴーぴー
文句を言っているようだ。

僕は別のゾーンの担当なので
そのおばさんのところへは行けないのだが おばさんの言ってることの雰囲気はわかる。

店のなにかにクレームをつけたついでに世間話を織り交ぜながら ネガティブな方向に花を咲かせている。
その時点で「あれ、おかしいな?」という感触が(見ている僕の)脳内に発生するのだが、
おばさんはさらに 間を空けずにすぐさま別の話題を話しはじめ、まるであたかもウェイトレスを独占しようとしているかのような神経質な集中力を発揮していて、その常識を逸した求心力は
「あれ?これはいよいよおかしいな」と
(見てないようで)見ているひとや
(聞いてないようで)聞いているひとたちの
脳内に訴えかけるのだった。

そのとき 僕の近くを
シニカルなトーンを売りにしてるマネージャー(店長的な存在、男性)が小声で
「あいつ頭おかしいんだよ、よく来るんだよ、しょうがねえんだよ」

なんとも率直なコメントをくれた。


ここはホテルの一部だので

被害がウェイトレスひとりにとどまっている以上は
(つまり他のお客さまに御迷惑でないうちは)
受け止めつづけなくてはいけないのだった。

場合によっては
マネージャーも
「あー、どうもいつもお世話になっておりますぅ」
などと艶のある声に切り替えながら
おばさんのテーブルに回り込み
ウェイトレスを逃がしながら
果敢におばさんの
機嫌の宇宙に飲み込まれていく様子を
僕は見たりするのだった。


よくある話なのだろう。

まあ たしかに
街で見かけることもあるよね
(街というより町かな。)

ああおそらくネガティブなネタだろうなと思われることを
ひとりごとにしては音量たっぷりで
形にしながら
歩いてるおっちゃんやおばちゃんが
たしかにいるもんね。

お金があるんであれば、
ホテルに行けば
そのネガティブな
思いを
お金を払っているうちは
ホテルは受け止めてくれるのだ。


でもこれは
実は

「大変だねえ」
とか
「ついてなかったね」
とか
そういう話ではない
はずだ。



その おばさん。

どうして そんなことになってしまったんだろうかしら?


きっと周りからは
『迷惑なひとだなあ』
という判断で
バタンとドアを閉められてしまっているのだろうと思う。


でも ほんとに
他人ごとなんだろうかね?
『わたし(たち)とは違う得体の知れないモンスター』なんだろうか?
違うじゃんね?

おばさんは若者だったりしたんでしょうよ。
友達だって恋人だっていたんじゃないかしら?

でも どこかの時点で 寂しさが全てに勝ってしまった(それは誰にでもわりとあり得ることだ)。

その時点で、

ねぇ?

寂しい、つまり『愛が足りないわ』っていうポイントで、

そのひとは

怒っちゃったんじゃない?

『なんでだよ!』と
『ふざけんなよ!』と

『足りねえよ足りねえよ愛足りねえよ!』と

駄々をこねたくらいの(あるいは)軽い気持ちでね。

でも たぶん
そんなふうに 怒っちゃうと
周りは 一歩引くかもしれんよね。

(ほんとはそこで、なにか気付けたら良かったんだけども)でもそこで おばさんは 立ち止まらずに進んだのかもしれん。

『なんでわかってくれないのさ!?』と不満と怒りをひと回り大きく育ててしまったかもしれない。

荒れる。


怒り はエネルギーだから 興奮もするかもしれない。
怒りにまかせて 感情を 雪だるま作りのように転がしていたら 怒りから妬み、妬みから憎しみ へと 変化したかもしれない。


それでも 戻れないし。愛なんか当然遠ざかったままだから、
寂しさは減ることはなくて 増えた寂しさは 憎しみに変換されたかもしれない。

そこまで
トゲトゲした(鎧に包まれた)気持ちになってしまうと、

おばさんの

たとえば
『娘時代にかつてどんな原因があったのか?』とか
『いやいや、そもそも親の醸し出した家庭環境の影響じゃないか?』とか
そんなことは
もはや(なかなか)
おそらく誰も考えてはくれまい。

トゲトゲになったおばさんが 強烈すぎて
周りの人は
反射的に
自分の身を(トゲトゲの危険から)守ろう
としか思えなくなる。


こうして

おばさんの
(愛へと)戻る道は閉ざされて
しまう。


たとえばそんなかんじではないか?


おばさんが
悪いんだろうか?

ほんとかな?

ただの巡り合わせで、

おばさんの立場や
環境に置かれてたらば
他の誰かだって

避けがたく
トゲトゲになってしまうのではないか?
あるいは

おばさんの
もしかして
ほくろの位置がすこし違っていたらば
王子様が (愛で)助けてくれたのかもしれなくはないか?

さあ
どうだろう?


そんなかんじ。


そんなわからなさを
僕は
ホテルに居たときに
垣間見たのだった。


残念だけど

僕は まったくもって
その(いかれてしまった)トゲトゲおばさんを いきなり抱きしめたりはできないし、
愛で包み込むこともできない。

目指してもいない。

僕はいい人じゃないもの。



そして『愛』とやらも
優しいかどうかは
怪しいものだ とか思う。

ヤバいですよアレは。

劇薬ですよ 愛ってのは。



まあしかし


この長文の締めくくり
(僕はかっこつけですから)
言いますけど、



飲みますけどね、
劇薬。


迷わず飲み干すけどね。




………。






息巻いてはみたものの


周りにわりと波はなくって


女子に
はげしく求められるような
予兆は 全くないのであるよ。




(がんばれ)



うるさいよ!




(あ!
ちょっと待って!)

わたしのゴーストがわたしを呼び止める。


わたしのゴーストがわたしの耳にひそひそ話を流し込む。



うむ

うむ

なるほど、

オッケー。

それもそうだな。


(ということで)


話し合いの結果、

この文章や言葉自体がね、
どうせゴーストなんだから
(俺じゃないんだから)
いいじゃないか ということで

こうします。





(ぎゅうううっ)





俺のゴーストは
トゲトゲのおばさんを強く抱きしめた。


(その瞬間、君のゴーストもトゲトゲのおばさんを抱きしめている)