みなさんこんばんは。更新頻度が少なくてスミマセン💦

 

今回は前回ちょっと漏らした、「わたしは彼女の娘では無かった」件について。

 

いえね、遺伝的には娘なんですがね、

 

生育的に娘ではないのですよ。

 

みなさんは、福山雅治主演の『そして父になる』て映画見たことありますか?

 

病院で赤ちゃんをわざと入れ替えられて、二組の両親が血が繋がっていないこどもを実の子として六歳まで育ててしまった。

 

そのことを突然病院から告げられて、結局こどもを交換して、実のこどもを育てようとするけど、なかなかうまくいかない。

 

お互いに、我が子として六年間育てたこどものことが恋しくてたまらなくなる。実の子も当然、愛しい。そういう中で揺れ動く二組の夫婦が主人公です。

 

結末は、本編で。感動必至です。ぜひ見てください。

 

 

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前置きが長くなりましたが、わたしのことです。

 

わたしは、ネグレクト母のおかげで、「普通の母親像」がわからなかった。

 

だから、妊娠中、図書館に置いてある育児本を、そこにおいてあるだけ何百冊と読んだ。

 

で、どの本か忘れたけども、こんなことが書いてあって、それこそ雷に打たれたように納得してしまった。その言葉とは!?

 

二歳までにたくさん身体的接触をすることで、母子の絆が深まる。だからたくさん抱っこしてあげよう。

二歳までに母親と身体的心理的接触をいっぱいすることで、赤ちゃんはこの世への安心感と絶対的自我を手に入れることができる

 

 

的な、ごく当たり前のことを、児童心理学や生態学やら教育学などから学術的に説明してあるのです。

 

で、わたしは、心から納得してしまった。

 

わたしは、母のことを正直、母とは全然思えない。

 

母にしても明らかに、わたしを自分のこどもとは思っていなかったように思う。

 

自分がおいしいものを食べてもわたしには絶対分けたくなかった感じだし、娘がどんな格好をしていようと無関心で、真冬に薄着をして出ようが、いつもジャージで出かけようが無関心だし、いつも娘の髪を刈り上げにして何日も同じ服を着ていても無関心だった。靴下に穴が開いていようが無関心だった。

 

どう考えても、普通の母親ではないな、とうすうす感じてはいた。

 

その謎が、全部解けたのです。

 

わたしは、三歳ぐらいまで、母親とは生活していなかったのです。乳児院育ちだったのです。

 

わたしには、六歳で亡くなった兄が居て、兄が先天性の病気で手術と入院を何度も繰り返していたため、生まれたときから乳児院にずっと預けられていた。

 

ということを母が以前話していたからね。

 

なるほどなあ~

 

2歳までにしっかり母子密着して親子の絆を作っておかないと、安心感も親近感も育たなくて、親子の絆が作れない。らしい。

 

 

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そして、自分がこどもを生んでさらに納得した。

 

赤ちゃんはホントにかわいい。

 

眠れないけど、しんどいけど、赤ちゃんを抱っこしておっぱいを上げて、いつもくっついて、おむつを替えて、遊んであげて、そんな日々を過ごしていくうち、ますます納得した。

 

赤ちゃんのこんなかわいい時期に一緒に過ごさないって・・・そりゃ親子にはなれないよね・・・

 

だって、今こども大きくなったけど、赤ちゃんのころのかわいらしさ、愛しさというのは、いくつになってもよみがえってくるもの。

 

あの頃のことは、かけがえのない人生の宝物だもの。

 

あの頃が無かったら、わたしはこどもを今のように愛せなかったかもしれない。

 

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養子を迎えられたかたがたのことをディスっているわけではありません。

 

そういう方は、血が繋がっていないがゆえに、「この子を愛そう」という覚悟をお持ちだろうし、そもそも養子を迎えようとする時点で、愛情の総量が多いかたなんだと思う。

 

でもうちの母は、違う。

 

 

あの人は、家族に対して精力を割くのを心から嫌悪していたし、何よりもお金を使う一瞬を愛していたし、

 

テレビを見ながら、家族が笑ったり話したりすると、

 

「黙れ!!!テレビが聞こえんだろっ」と怒鳴ってくる人でした。

 

パチンコ、催眠商法で盛り上がること、不必要なものを買って溜め込むことで忙しくて、家に夜いることはほとんどなかったし。

 

たまに食事を作ってくれることもあった(でも作ったらすぐ夜遊びに出かける)残っているおかずをわたしが食べたら、パチンコから帰ってきた母が

 

「お前なんで食ったんだ、卑しいやつ」

 

と怒鳴られたりした。あーわたしのために作ってくれたわけでは無いんだね、と思ってそれからは置いてあるおかずは食べないようにしたりした。

 

たぶん、ですが、わたしのことは、赤の他人が家の中に居座っている感じがしたんだろうね。

 

姉のことはそこまで嫌悪してなかったように思う。

 

それでも姉が末期がんにかかって実家で静養していた時も、彼氏の世話に忙しくて、姉は居心地が悪くて結局婚家に戻っていった。

 

母には結局、家族は、重荷や足かせでしかないわけです。

 

 

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わたしのこどもが小学生になって、今中学生に息子もいるけども、

 

中学生になっても、その顔に赤ちゃんだったころの顔が重なるのよ。

 

赤ちゃんだった息子をだっこしたときのぬくもり、うんちの酸っぱいいい匂いや、おっぱいを卒業させたときの悲しみ、

 

あらゆることが今の息子の中に折りたたまれた記憶となって、たぶん成人しても、結婚しても、ずうっと残っていく。

 

そんな記憶がないわたしと母は、遺伝的には親子であっても、心理的な親子ではない。

 

しかも母は、「赤ちゃん時代一緒にいられなかったから、これからもう一度親子の絆を作ろう」とは思ってもみなかっただろう。

 

ちょうちょちょうちょちょうちょちょうちょちょうちょちょうちょちょうちょちょうちょ

 

そういえば、

 

「お前は川から拾ってきたんだよ」

 

とものすごくうれしそうに言っていたなあ・・・

 

わたしは「この家の子だよ」と言っても、ニヤニヤして、嬉しそうに、

 

「誕生日も」川から拾ってきた日にしたし、その日に役所に届けたから、ほんとに拾ってきた子だよ」

 

と耳にタコができるくらいしつこく言われたな・・・

 

「兄が重い病気だったから、おまえのことは生むな、要らない、とお父さんが言うていたよ」

 

と何回か聞かされた。

 

そうか~要らない子だったんだ、とさして悲しくもなく聞いていた。

 

兄の病気で、ただでさえ貧しかったのに(のちに遺産が転がり込んできたから、そもそも母はお金に対するリテラシーがゼロで、またたくまに憶の金を使い果たして借金生活に逆戻りした)、もっと貧しくなって、しかもまた赤ちゃんができて、父が「もう生むな」と言った気持ちはわかる。

 

でも、そういうこと、普通口に出して言うかね?

 

「川から拾ってきた」も、「おまえは要らない子」てのも、別に普通に聞き流していたけど、

 

ある程度本音だったろうね。

 

後の生育態度を見ていたら、わかる。

 

今では、妙に納得する。

 

てか、アンタは結局、一人で好き放題金を使って、一日中パチンコしてるのが似合ってたんだよね。

 

父が亡くなってからが本当に好き放題できて、めっちゃ幸せだったろうね。パチンコで○千万使ったのが自慢で、よく人にふれて回っていたし。

 

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一級身障者でも外に遊び歩いて、借金をしてでも遊ぶのを辞めないで入院したままの母。

 

まったく会いに来ない娘を、病院は「冷たい娘」と思っているかもしれない。

 

まあ、好きに思ったらいいです。

 

今は、わたしは自分の家族が誰よりも大切なので。

 

幸いなのは、母との精神的絆が無いおかげで、性格的に受け継いだものが無いことや、虐待の連鎖とも無縁であったこと。

 

親子ではないからね、当たり前。

 

ただ、ちょっとでも触れ合うと、ものすごい負の感情に襲われるから、近寄らないほうがいいね。

 

あちらも、人生のイヤだったことはすべてわたしが原因、みたいな気持ちになっているから、姿を現さずにいるのがあちらにとっても為になる。

 

ちょうちょちょうちょちょうちょちょうちょちょうちょちょうちょちょうちょちょうちょ

 

 

ところで、わたしは毒親育ちの経験を生かして(?)不登校や子育てに悩む人向けのブログを公開しています。

 

こんなん言うてはアレですが、生まれ持っての親にはぜんっぜん恵まれなかったぶん、今の自分の家族は、平凡だけどものすごく幸せです。

 

人生はきっと、±ゼロなんですよ、結婚するまでは別の宇宙で過ごしていたように不幸の塊だったぶん、今の幸せがあるのかも。

 

ブログのほうにもぜひ遊びにきてください。いろいろなヒントが提示してあります。

 

たとえばこの記事

 

こどもが親に対して諦めや虚無感を抱くとき

 

 

こういうことに気をつけるだけで、スムーズに会話が弾むようになりますよ~