1. 大宮台地

  • 大宮台地は多摩川扇状地の扇端堆積物で構成されている。

 

 

 

2. 関東平野の段丘

  • 関東平野に分布する台地は、第四紀の海水準変動により4つの時代の異なる段丘面で平準化されている(古い方から多摩面下末吉面武蔵野面立川面

 

 

 

2-1. 大宮台地の武蔵野面とその段丘堆積物

  • 大宮台地はその地表面を武蔵野面で平準化されている。
  • 武蔵野面上の段丘堆積物の層序は、下位より段丘面を形成した河川侵食堆積物である武蔵野礫層、その上位に武蔵野ローム層(8万~4万年前)、そして最上位の立川ローム層(4万~15,000年前)で構成されている(関東ローム層研究グループ 1965)。 

 

 

  • 大宮台地北部地域は、立川ローム層と武蔵野ローム層の区分がきわめて困難なため、両層をまとめて新期ローム層と定義している(納谷・安原, 鴻巣地域の地質, 2014)。 

 

 

  • 実際のボウリング柱状図(鴻巣市箕田)時間間隙があるはずの立川ロームと武蔵野ロームの差異は識別し難い(不整合面らしき形跡認められず。長時間の露出を示すクラックなし等)。
  • 代わって興味のポイントは、約7mのローム層中にマーカーと成り得そうな暗灰色~黒色の層(ブラックバンド/埋没古土壌)2枚(厚さ1mと50cm)にうつる。

a

 

 

 

2-2. 新期(立川?)ローム層中のブラックバンド(埋没古土壌)

  • 5万分の1地質図幅『鴻巣地域の地質』: 武蔵野や相模野の立川ローム層には, 埋没古土壤と考えられた数枚の暗色帯が発達しており, このローム層の細分や対比に利用されていた. 武蔵野では主に上下2枚 (細かくみるとその上に1枚クラック帯状のものがつけ加わり, 都合3枚)が認められるが, 戸谷 ・貝塚(1956) の指摘のように, テフラの給源火山に近づいて, テフラの厚さが増すと枚数も増える. 相模野での暗色帯は少なくとも4枚が認められた (員塚 ・森 山: 1969, 町 田: 1971). これより西でテフラのより厚い地域では, スコリア互層となって暗色帯はほとんど消失する. 一方, 火山から遠い松戸, 千葉などでは, 数枚の暗色帯は合して, 1枚しか認められないことが多い. このように, 暗色帯の対比は, こうした広域を対象にするときにはなかなか厄介である.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3. 立川ロームの年代

  • 相模野と武蔵野でAMS年代測定を実施したところ3万年前~1万年前との結果を得た。これは従来からの理解に沿うもの。

 

 

 

 

4. 大宮台地北部のローム層中に果たして旧石器時代の遺物は入っているのか?

  • 上記のように立川ロームが大宮台地北部に分布しているのであれば、その中に旧石器時代の遺物が含まれている可能性あり ⇒ 日本最古の人類の証拠は長野県佐久穂町のトリデロック遺跡で約35,000年前。で、立川ロームの形成年代は4万~15,000年前なので本層が包含することは間違いない。

  • しかし、この立川ロームが何らかの理由で削剥されてしまい、人類が日本列島に渡る前に堆積した武蔵野ローム層(8万~4万年前)以深の層が地表に露出していた場合には、その中に旧石器時代の遺物が包含されている可能性は限りなくゼロに近づく。

 

 

大宮台地上で立川ロームが削剥・・・・まあ、そんなことはないでしょうが・・・( ・ω・)