3.神子柴遺跡出土の槍先形尖頭器づくり 

3-2 テクニーク 

3-2 テクニーク(1)メトード①(コンセプト)と②(素材と荒割り)

  • 石核No.63から剥離された素材剥片は、幅14㎝程度、 厚さ3㎝程度の厚手剥片と推定される。No.63の大型剥片を剥離した剥離面に残る剥離開始部には、大型の割れ円錐とバルブが発達し、とくに円錐上にみるはっきりとしたリングや円錐から生じているフィッシャーが認められる。これらの痕跡からは、相当大きな力が加わったと考えられる。経験的には、1㎏程度の重さの硬石製ハ ンマーによる直接打撃の可能性が考えられる。その意味で、安山岩製敲石である No.51(984.3g)と完形であれば1㎏程度とみられる No.52(667.0g)は、適当な材質と重さと言える。石材別では、剥離性に富む黒耀石や下呂石では1㎏が適当であるが、それらよりも剥離性が劣る玉髄や頁岩では、1㎏以上の重さが必要となる。 ただし、ハンマーを振るスピードを上げれば、1㎏でも可能ではある(その分、打撃位置の精度に問題が生じる)

 

  • メトード②(素材と荒割り)を示す No.57の裏面に残る剥離面の剥離開始部は、明瞭な1~3㎜程度の割れ円錐、発達したバ ルブ、剥離面の深さ、剥離面全体の波状面などの痕跡から、石製ハンマーの直接打撃の可能性が考えられる(大場2016)。 ハンマーの硬軟については、剥離性に富む黒耀石に対して硬すぎる石質では、打面部を砕いてしまいやすくなるため、軟石を用いていた可能性が考えられる。

 

 

 

3-2 テクニーク(2)メトード③(成形)と④(調整)

  • メトード③(成形)の大型ポイントフレークを剥離した剥離面の開始部は、確認できなかった。しかし、 尖頭器中央付近に残る大型ポイントフレークの剥離面の平坦さと末端付近の波状面からは、有機質製ハンマーの直接打撃の可能性が考えられる(大場2016)。
 
  • 経験的に、ハンマーの重さはおよそ400~600g程度のものが想定される。素材保持は、太腿上か掌中において剥離が深部まで届くようにするために、素材を50~60°に傾ける必要がある(大場2007)。掌中の保持でも、剥離進行のブレを防ぐためにも、保持した手の甲を太腿上に置くなど保持を強化する必要がある。ハンマーは、遠心力を利かせるために肘の回転を利用して振る。基本的には、ハ ンマーの端部を側縁部に引っかけるような打撃、つまり接線打撃となる。また、剥離には大きな力が必要となるため、ハンマーの振りや速度が大きくなる。あるいは、 重めのハンマーを用いる。そのため、打撃位置の精度とともに、大きな力を加えることで生じる素材の折損を恐れない勇気が求められる。素材が薄くなればなるほど、 長時間かけて製作したことが無に帰さないためにも、技と度胸が必要となる。

 

  • メトード④(調整)の小型ポイントフレークの剥離は、リップ(↑図)となる剥離開始部、発達しないバルブ、末端の波状面などの痕跡から、有機質製ハンマーの直接打撃の可能性が高いと考えられる(大場2016)。 その際には、ハンマーの重さが200g 程度のものを使用する、あるいは大型ポイントフレーク剥離で使用するハンマーと同じ重さで、かつ力を弱めて振るといった工夫が必要となる。ハンマーの振り方は、大型ポイントフレークの剥離の際の振り方よりも振り方や速度を弱めた接線打撃となる。素材保持は、太腿上か掌中において素材を水平にして行う (大場2007)。

 

 

 

3-2 テクニーク(3)メトード⑤(整形)

  • 黒耀石製と下呂石製、および頁岩製におけるメトー ド⑤(整形)については、剥離開始部位置と剥離面形の規則性・ 規則性の無さ、剥離開始部の砕けなどの痕跡から、有機質製ハンマーの直接打撃の可能性が高い(大場2016・ 2017)。
  • 最長で形の整った下呂石製 No.18は、側縁が直線的に整えられているものの、右側縁の先端部がわずかに捩れている。仮に押圧で整形した場合、この捩れの修正は容易である。一方で直接打撃では、この薄い先端部を欠損してしまう恐れがある。つまり、あえてこの捩れを修正しなかったと考えられ、このことが押圧で整形しなかったことの裏付けとなろう。

 

 

  • 玉髄製については、No.15に認められる砕けていない剥離開始部などの存在から、押圧の可能性も疑われる。しかし、剥離開始部位置と剥離面の規則性・規格性の無さからは、やはり有機質製ハンマーの直接打撃による可能性のほうが高いと考えられる。

 

  • 整形の際のテクニークについては、ハンマーは小型ポイントフレークの剥離で用いたものと同等、ないしそれ以下の重さのものを用いる。ハンマーを振るジェスチャーは、縁辺を擦り取るようなイメージで行う接線打撃となる。素材保持は、素材を水平にだして作業面側に親指や人差し指など指の腹を沿わせる。作業面を指の腹で覆うのは、剥離の拡散やステップの防止し、さらに剥離を薄く伸展させるなどの効果がある。この保持の仕方は、刃部を作る二次加工や石核調整などの際にも用いる。

   

 

 

3-3 製作者の技量 

3-3(1)幅と厚み

  • 幅と厚みはまとまる傾向にある。
  • 両面調整では、元の素材の長さと幅を縮めながら、薄くしていく。そのなかでも、幅の減少を抑えながら厚さを減じていくのは、長さを維持するよりも技術的に難しい。 なぜならば、両面調整は長軸に対して直交方向に進めていくのが基本であり、打面・前面角を作る分と、ポイントフレーク自体の剥離で減少する分とで長軸側よりも短軸側のほうが、減少幅は大きくなる。そもそも、長さのあるポイントフレークを剥離すること自体が難しく、幅があるほど中央の厚みを減少させるのが難しくなる。さらに、薄くなればなるほど素材が軽くなって打撃時に素材が動いてしまうので、剥離自体が生じにくくもなる。 
  • また、打撃力が強ければ、末端がウットルパセを起こして打面と対向する縁辺を大きく巻き込み、平面形を損なってしまうオーバーショットによる事故も起こしかねない。そのため、幅と厚さは、技量を測る基準となる。  

  • 絶対値ではなく、また剥離性の高い石と剥離性が劣る石とでは数値が異なるものの、おおよそ幅が5㎝以上で、厚さが1㎝、あるいは1㎝を下回る場合は、かなり難しく、上級者の手による作とみていい幅が5㎝程度で幅が1㎝の場合は、中の上程度の技量幅が5㎝、あるいはそれ以下で、厚さが1㎝以上であれば中級。同じような幅5cmで、厚さが2㎝、あるいはそれ以上であれば初級といったところである。  
  • したがって、幅と厚さの点において本遺跡の尖頭器は、総じていえば中から中の上の技量といったところ である。具体的なところでは、No.19は幅が4.10㎝で厚さが0.95㎝であり、幅と厚さの点でもっとも評価が高い。しかし、エンドショックを起こしているので、この 点で評価が大きく下がる。最長のNo.18は、幅が4.70㎝ で厚さが1.35㎝であり、剥離性に富む下呂石素材にしては、やや厚い印象を受ける。そのため評価は中の上No.55は幅が4.30㎝で厚さが2.80㎝で、まったく厚さが減じられていないことから、評価が最も低い。ほんの数 ㎜の差と思われるかもしれないが、そのわずかな差こそ難しい。

 

 

 

 

 

 

3-3(2)剥離の連続性

  • 剥離を一方向に連続的に実施するのは、素材の形状や先行剥離の状況が起因してしまい、以外にも難しい。部分的にではなく、とりわけ器面全体に実施することは、 相当に難しいと言える。
  • 連続的な剥離を実施するには、 器面を常に規則的な形状にしなくてはならない。それは、押圧でも直接打撃でも同様のことが言えるが、とくに直接打撃でこれを実施できれば、かなりの上級者と言える。本遺跡の尖頭器の場合、残念ながらそうした剥離の連続性、規則性を看取することはできない。  また、作業面側に指の腹を沿わせた保持での有機質製ハンマーの直接打撃では、作り出した剥離面の連続性や規格性や刃角のでき具合が、技量判断の基準となる。

 

3-3(3)エンドショック

  • エンドショックの発生を予測することができる。この予知ができるか否かが技量の分かれ目であり、エンドショックを起こしてしまうのは、それに対する油断や無知が原因である場合が多く、技量が中級かそれ以下であったと言えよう。上級者であれば、縦断面形の中間部を凹面にならないよう剥離を進め、そして傷や夾雑物が中間付近にあったとしても、エンドショックを回避することができる。

 

 

3-3(4)ヒンジとステップ

  • 基本的にヒンジやステップは、表面形や側面形の規則性、剥離面の並びや連続性を損なわせる。また、厚みを減じるうえでの障害にもなる。

  • 一定程度の上級者であれば、基本的にヒンジ・ステップを回避して割り進めるが、仮にヒンジ・ステップになったとしても、問題部分を除去しながら器面を滑らかに仕上げていく。No.15・ 19・21・24・29は、比較的に大きなヒンジ・ステップ が少ない。そのため、これらはヒンジ・ステップを回避 して剥離を進めた可能性もある。あるいは製作過程でも 問題部分を除去していたことが想定される。それに対して最長の No.18は、ややヒンジ・ステップが目立ち、ヒンジ・ステップの回避や除去が徹底されなかった可能性がある。  
  • ヒンジ・ステップの除去の対処は、(1)対向する打面から剥離を加え、末端に問題部分を取り込む(小菅 2004)、(2)問題部分の剥離面の両端の稜線を直線的に修正して、その両端の稜線を剥離して除去する、(3) ヒンジ・ステップとなった突出部の剥離、叩き潰し、擦りなどで突出をある程度なくし、問題部分に向かう剥離導線を作って、剥離して問題部分を一気に取り去るなどが挙げられる。対処は、1つだけでなく(1)から(3)を組み合わせる場合もある。ほかに、(4)ヒンジ・ス テップを起こした剥離面を打面にして問題部分の手前まで除去、打面を入れ替えて問題部分を剥離することもあるが、形状を大きく損なうため、極力し たくない対処。ちなみに、(3)は裏技的調整で、遺物としてまだ確認していない。今後、製作址などで発見されることを期待。  

 

 

3-4 考 察

  • 上述3-3の観点から18点の尖頭器に対して点数化し、総合的に評価。最も高いⅠから、最も低いⅤの5つの段階の技量が読み取れる(表1、図2)。  

 

  • 5人の作り手の存在が予想される。あるいは、ⅠとⅡ、 ⅢとⅣの間に明確な差がないことから、作り手が3人 の可能性もある。少なくとも本遺跡ではⅠ・Ⅱが上級者 で、Ⅲ・Ⅳが中級者Ⅴが初級者と言える。つまり、本遺跡に残された尖頭器は、技術学分析により、上級者と 中級者と初心者の3、ないし5人によって製作された可能性が考えられる。現実的には、3人が妥当であろう。

田名向原遺跡旧石器時代学習館

 

  • 製作時間は、1点につき2時間程度。単純に、18点 ×2時間として、のべ36時間程度か。集中力や体力などを考慮し、1日に1人が2点製作したとすれば、のべ9日間。 たとえば製作者が3人として、上級者がⅠ・Ⅱの10点を5日間で製作している間に、中級者がⅢ・Ⅳの8点製作し、初級者が No.49と No.55の2点を製作(練習・遊び)したとも考えられる。
 
  • 本遺跡には、完形の尖頭器とともに製作途中のものも持ち込まれていることが言える。厚さが1.1~ 1.9㎝に仕上げられた尖頭器は、非常に壊れやすい。狩猟での刺突はもちろんのこと、地面に落としただけでも 簡単に壊れてしまう。だからこそ、尖頭器の製作址では 大量に尖頭器を製作するのであり、遠隔地に行く際には完形品とともに未製品も一緒に予備として携帯していたと考えられる。運搬痕跡が認められた No.19・20・31 (堤2018)のほかにも、No.25・40・49・55・58・59・ 60、また可能性として No.23・64に同様の痕跡が認められることから、完成品と未製品の携帯を裏付けていよう。対して折損品である No.19・20は、切削具などに使 いようがあったために、持ち込まれたものと思われる。一方で、もっとも技量が低い No.55は、何かしらの思い 入れがあったことから、遺跡内に持ち込まれたのだろうか。
 
  • 幅広に対して厚さを薄くすることは、技術的に難しい;
  • ① 山形県日向洞窟遺跡西地区隆起線文土器 段階:佐川・鈴木編2006);年代的に神子柴遺跡に近い大型槍先形尖頭器の製作址。幅6㎝で厚さ1.2㎝、 幅5㎝で厚さ1.0~1.1㎝、幅4㎝で厚さ0.6~1.0㎝、 幅3㎝で厚さ0.5~0.7㎝の尖頭器

  • ② 北海道奥 白滝1遺跡(北海道埋文2002);両面調整剥片の 接合資料である Sb-22~25母岩資料61・接合資料2314 から、推定で25㎝×8㎝×1.5㎝の尖頭器が製作されている。
  • ③ 宮城県野川遺跡(多縄文土器段階); デポより出土した大型両面調整石器は、22.5㎝×10.1 ㎝×1.06㎝となる(仙台市教委1996)。
  • ①~③いずれも、本遺跡の尖頭器より幅に対して、厚さが薄い両面調整石器が作られている。また、これらの尖頭器には、大きなヒンジやステップが少なく、剥離の連続性が認められるものもある。つまり、これらは本遺跡の尖頭器に比べて、より製作の難易度が高い尖頭器と言える。もちろん、これらの尖頭器と本遺跡の尖頭器は、詳細な時期や地域などのコンテキストが異なっており、単純に同列的に扱うことに問題があろうが、日向洞窟遺跡西地区と野川遺跡の資料からみれば、時期が下るにつれて両面調整技術が技 術的に向上していることが考えられよう。

 

 

4.さいごに

  • 本遺跡の槍先形尖頭器の動作連鎖
  1. 角礫か硬石製ハンマーの直接打撃より割り出した大型剥片をおもな素材
  2. 石製ハンマーの直接打撃で荒割り
  3. 有機質製ハンマーの直接打撃で大型ポイントフレークの剥離から小型ポイントフ レークの剥離で成形
  4. 有機質製ハンマーの直接打撃で整形して仕上げるが読み取れる。

 

  • 技量差からは、5つのレベルが認められ、技量の異なる3人、ないし5人の製作者の存在が、そして18点の製作時間は36時間程度と想定される。  
  • 技量判定でⅠとなった尖頭器は、たしかに本遺跡にお いて逸品と言える。製作者にはその技術に対して大いに敬意を表するものの、経験的に言えば数年の鍛錬を積むことで、同様の尖頭器の製作が可能になると言える。
  • スペシャリストが作る石器とは、50㎝にも及ぶ石刃や、長さ30㎝・幅8㎝で厚さが1㎝を下回るような 両面調整石器、マヤ文明の「エキセントリック」のような製作が極めて困難なもの。したがって、当該尖頭器は上級者の作とはいえども、スペシャリストの作と評するほどのものと言い難い。逆に、経験を積むことで習得できる技術であることを考慮すれば、本遺跡の尖頭器製作技術は、狩猟、婚姻、力の誇示などの生存、および社会的な競争のうえで必須の技術であったと考える。

マヤ文明の「エキセントリック」フリント(火打石)

 

 

 

関連Links

神子柴石器群①(神子柴遺跡)

神子柴石器群②(神子柴遺跡からの石器とそれらの出土状況)

神子柴石器群③(黒曜石製石器のライフヒストリー分析 堤隆 2018)

神子柴石器群④(『神子柴遺跡はなぜ残されたか ? 佐藤宏之』)

神子柴石器群⑤(『槍先形尖頭器の石器技術学的検討, 大場正善(1/2)』)