ユングの女性観の結論となっている部分を引用します。
サロメはどこにいる?愛の解決できない問いどこに?もはや問うことなく、わたしの眼差しは向こうの来たるべきものごとのほうへ向けられていた。そしてサロメはわたしのいるところにいる。女性はあなたの最強の部分に従うけれども、あなたに従うのではない。こうして彼女はよい意味でも悪い意味でもあなたの子どもを産む。
(『赤の書』テキスト版P525)
もう一つ重要だと思われるのは・・・
鳥:「おわかりのように、サロメはあなたがそうである存在です。飛びなさい。そうすれば彼女に羽が生えるでしょう」
(『赤の書』テキスト版P522)
ユングも女性で悩んだことは間違いないと思う。男性だから・・・。
『赤の書』テキスト版P259の注18を読めばよくわかる…。そうした葛藤の中での結論は、上記のとおり、特に最初の引用部分が結論だったのだと思う。
ちなみに2番目の引用部分は、明らかにスウェーデンボルグの影響を受けていると考えられる。
(スウェーデンボルグ『神の愛と英知』特に第五部参照 アルカナ出版 )
ユングがスウェーデンボルグの影響を受けていたことは、たとえば『赤の書』テキスト版P519の注333をみてもよくわかる。
あと、死者への七つの語らいの6番目
「性のデーモンはわれわれの魂に蛇となって歩み寄る。それは半人間的で、思考の願望と呼ばれる。
精神性のデーモンはわれわれの魂に白い鳥として、降りてくる。それは半人間的で、願望の思考と呼ばれる。」
(『赤の書』テキスト版P617)
なかなか意味がわからない表現ですが、「思考の願望」、「願望の思考」というのも、スウェーデンボルグが「真理の善」、「善の真理」と呼んでいるものが念頭にあると思われます。
(スウェーデンボルグ、『天界の秘義』 参照 アルカナ出版) ※『天界の秘義』とは、スウェーデンボルグが旧約聖書の創世記の解説をしたものです。
ユングはスウェーデンボルグの影響を強く受けていたと思いますが、それを評価した上で、それを超えようとしていたというふうにわたしは考えています。そしてそれをちゃんとやり遂げている。
それは『赤の書』テキスト版P519のユングと鳥の会話をみるとよくわかる。