(ずいぶんと暖かくなったなぁ。)
なんて春を感じ始めた3月からの4月はなんだかずいぶんと寒かったな日が多いですよね。
(今年はもう着ないかな。)
なんて思ってたコートを着て寒風にあたると
(クリーニング出さなくて良かった。。)
ってここ数年世話になってるコートのヌクもりを再評価しちゃうような、
この頃の気候。
2月末に国家試験を終えた3月の日々は
先取りしちゃった春の気候と似て
やること終えて進路も決まっててというココロの余裕とで、
完全にヌクヌクしてたわけでして。
ずいぶん早くにココロの春しちゃってました。
そんな3月を終えての4月の昨日。桜が満開の絵面とは似合わない肌寒さを感じさせられる気候だってのに、
ココロのコートを無理矢理に脱がされて、
(ヌクヌクしてんじゃねーよ。)
ってもう1人の自分に嗜められたような
入学式だったんです。
はい。51歳の大学生ワタナベシンイチの初日
迎えました。
ワタシが通う大学は
聴覚障害者が学ぶ産業技術学部というところと、
視覚障害者が学ぶ保健科学部という2つの学部があって、
ワタシは保健科学部の保健学科の鍼灸学専攻というとこで学びます。
3年生に編入という形で2年間勉強と経験を積む予定です。
保健学部には理学療法学があったり、
情報システム学があったり、
産業技術学部の方はワタシもよく理解しきれてないのですが、
産業に伴う工学とかデザイン学とかを専門的に学ぶようなのですが、
最も特徴的なのは聴覚障害者と視覚障害者が学ぶための大学ってことなんです。
こういうのって、
日本で唯一なんですって。
入学式では
聴覚障害者のためにステージの画面にはアナウンスなどの音声が即時に文字として表示されるデッカい画面があったり、
当然のように手話をされる方が壇上にいたり、
視覚障害者の希望者には点字の式次第が配られたりすることからして、
(あー、こういうところで学べるのは楽しみだな。)
って思いながらで、特に印象的だったのは学長さんのお話。
柔和な口調ながら学生個人個人の自主性や、
自らの存在証明って言うんですかね?
アイデンティティーという言葉を使って力強くお話をされる学長さんは、
流暢【りゅうちょう】って言葉はおかしいのかもしれないんですけど、
奥田民生が豊かに流暢にギターを弾きながら歌を唄うように、
流暢な手話を操りながら流暢な言葉を発せられるんです。
こういう大学だから、そうだよね。
って、そう感じるもう一方で、
(カッコいいなぁ。)
って思えてですね。
その学長さんがなんか奥田民生と被っちゃったんです。
(豊かだなぁ。)
って。
あれとも似てます。
海外行ってとっても普通に英語で外国人とコミュニケーションが取れる日本人。
(豊かだなぁ。)
から、
(カッコいいなぁ。)
ってなるやつ。
ワタシがやろうにも出来ない。
やりたいと思ってたけど、やってない。
別にできなくたって、問題はないじゃん。
って諦めてるやつを、
とっても普通にやってる人に出くわすと、
(豊かだなぁ。)
って感じるんですよね。
で、
(これだな。)
って感じられたんです。
大学にまでやってきちゃったワタシの第二の人生ってやつ。
正確には、
(これかも??)
くらいでもあるんですけど、
視覚障害者をちゃんとやりたい。
って思いがあるんだなって感じ。
視覚障害者になった自分を誰かに理解してほしいとかって感じがどっかにあることを通して、
ワタシという視覚障害者が視覚障害者をもっと知りたい。
ってやつに、なってんだなと。
ギターを弾きながら唄うように、
手話を使いながら流暢に想いを言葉にされるように、
日本人でありながら英語で外国人と話せたりするように、
白杖を使いながら豊かに生活したい。
その、
視覚障害者の豊か【ゆたか】って、
なんなん?
ってのが、
アイデンティティー
ってまさにぴったりな感じの言葉だなと。
確かに入学式ではご自身で手話を使いながら式辞を述べる学長って、
日本で唯一だろうなと。
この大学の存在を高らかに証明していた気がするんです。
(オレって何者なのか?)
(オレにとっての豊かってなんだ?)
そういう学びに入ることの式で、
入学式【にゅうがくしき】ってことだなって。
そう思えたらコート脱がされて素っ裸のココロのブツブツした鳥肌が
ちょっとおさまってココロがほんのり赤みをおびてきたような、
気がしたり、しなかったり(^^)
今日2日目はオリエンテーションやってます。
ではでは、
午後の部、行ってまいります。
なんて春を感じ始めた3月からの4月はなんだかずいぶんと寒かったな日が多いですよね。
(今年はもう着ないかな。)
なんて思ってたコートを着て寒風にあたると
(クリーニング出さなくて良かった。。)
ってここ数年世話になってるコートのヌクもりを再評価しちゃうような、
この頃の気候。
2月末に国家試験を終えた3月の日々は
先取りしちゃった春の気候と似て
やること終えて進路も決まっててというココロの余裕とで、
完全にヌクヌクしてたわけでして。
ずいぶん早くにココロの春しちゃってました。
そんな3月を終えての4月の昨日。桜が満開の絵面とは似合わない肌寒さを感じさせられる気候だってのに、
ココロのコートを無理矢理に脱がされて、
(ヌクヌクしてんじゃねーよ。)
ってもう1人の自分に嗜められたような
入学式だったんです。
はい。51歳の大学生ワタナベシンイチの初日
迎えました。
ワタシが通う大学は
聴覚障害者が学ぶ産業技術学部というところと、
視覚障害者が学ぶ保健科学部という2つの学部があって、
ワタシは保健科学部の保健学科の鍼灸学専攻というとこで学びます。
3年生に編入という形で2年間勉強と経験を積む予定です。
保健学部には理学療法学があったり、
情報システム学があったり、
産業技術学部の方はワタシもよく理解しきれてないのですが、
産業に伴う工学とかデザイン学とかを専門的に学ぶようなのですが、
最も特徴的なのは聴覚障害者と視覚障害者が学ぶための大学ってことなんです。
こういうのって、
日本で唯一なんですって。
入学式では
聴覚障害者のためにステージの画面にはアナウンスなどの音声が即時に文字として表示されるデッカい画面があったり、
当然のように手話をされる方が壇上にいたり、
視覚障害者の希望者には点字の式次第が配られたりすることからして、
(あー、こういうところで学べるのは楽しみだな。)
って思いながらで、特に印象的だったのは学長さんのお話。
柔和な口調ながら学生個人個人の自主性や、
自らの存在証明って言うんですかね?
アイデンティティーという言葉を使って力強くお話をされる学長さんは、
流暢【りゅうちょう】って言葉はおかしいのかもしれないんですけど、
奥田民生が豊かに流暢にギターを弾きながら歌を唄うように、
流暢な手話を操りながら流暢な言葉を発せられるんです。
こういう大学だから、そうだよね。
って、そう感じるもう一方で、
(カッコいいなぁ。)
って思えてですね。
その学長さんがなんか奥田民生と被っちゃったんです。
(豊かだなぁ。)
って。
あれとも似てます。
海外行ってとっても普通に英語で外国人とコミュニケーションが取れる日本人。
(豊かだなぁ。)
から、
(カッコいいなぁ。)
ってなるやつ。
ワタシがやろうにも出来ない。
やりたいと思ってたけど、やってない。
別にできなくたって、問題はないじゃん。
って諦めてるやつを、
とっても普通にやってる人に出くわすと、
(豊かだなぁ。)
って感じるんですよね。
で、
(これだな。)
って感じられたんです。
大学にまでやってきちゃったワタシの第二の人生ってやつ。
正確には、
(これかも??)
くらいでもあるんですけど、
視覚障害者をちゃんとやりたい。
って思いがあるんだなって感じ。
視覚障害者になった自分を誰かに理解してほしいとかって感じがどっかにあることを通して、
ワタシという視覚障害者が視覚障害者をもっと知りたい。
ってやつに、なってんだなと。
ギターを弾きながら唄うように、
手話を使いながら流暢に想いを言葉にされるように、
日本人でありながら英語で外国人と話せたりするように、
白杖を使いながら豊かに生活したい。
その、
視覚障害者の豊か【ゆたか】って、
なんなん?
ってのが、
アイデンティティー
ってまさにぴったりな感じの言葉だなと。
確かに入学式ではご自身で手話を使いながら式辞を述べる学長って、
日本で唯一だろうなと。
この大学の存在を高らかに証明していた気がするんです。
(オレって何者なのか?)
(オレにとっての豊かってなんだ?)
そういう学びに入ることの式で、
入学式【にゅうがくしき】ってことだなって。
そう思えたらコート脱がされて素っ裸のココロのブツブツした鳥肌が
ちょっとおさまってココロがほんのり赤みをおびてきたような、
気がしたり、しなかったり(^^)
今日2日目はオリエンテーションやってます。
ではでは、
午後の部、行ってまいります。