ワタシが長年勤めた仕事を辞めてまでして、
この学校に入った決断の要因には、
緑内障による視覚障害者としての未来。
それはいつかは必ずやってくるんだ。
という事実を自身でちゃんと理解した時だったんですけど、
これは、言ってみれば
「きっかけ」なんですよね。
どんな物事を決断するにもきっかけってやつがいなかったら
選択肢を準備することにも至らないわけだから
きっかけってのは重要なんでしょうけど
ただの「きっかけ」でもあったりします。

そのきっかけを自身で受け入れた上で
キャンバスっていうか画用紙っていうか、
真っ白で真っさらなやつに
ワタシはどんな未来の絵を描がこうとしたのか?
どんな絵を描きたいのか?
ってことの方が、
きっかけよりもちょっと上位の重要度だとワタシは思ってて。
それこそが、
絵に表現されてなかったら、
「きっかけ」だけのつまらない絵にしか映らない。
それは自分も人も感動しない、
つまんない絵。

なんて、
もりもりカッコつけちゃってますけど(^^)

それがどんな絵なのか?
ってのをここで書いて、
今のワタシの悩みを明かします。

ワタシは
「生まれ育った地元で貢献するワタシ」
って絵を描きたい。
のです。

貢献だなんて照れちゃうし、
またカッコつけちゃいましたけど、
治療師として地元に貢献することで、
それがちゃんと商売になってる。
って絵を描きたいんですよね。
なんかの縁で50年間も居着いている地元で誰かに喜ばれてる男でありたい。
って感じの絵。

で!

今ちょっと悩んでるのが、
その絵を描くための
道具はなに使う??
ってのと、
どんな種類の絵にする??
ってところなんです。

いまいち、気味の悪いことを言い始めちゃってますが、

絵を本当に絵を描くということで言えば
絵画【かいが】の題材に
富士山【ふじさん】を描く。
と決めた。
それ決めたら、

何で描く?筆?色鉛筆?
どんな絵?水彩画?油絵?水墨画??
ってのから選択をして、
自分が描きたい富士山をまずは脳に描くわけじゃないですか。

それが、
どうも定まらないんです。
「素敵な富士山だね!」って誰かに喜んでもらって、
お買い上げいただいて、
それを部屋に飾ってもらって
その富士山を毎朝見るたびにココロが晴れる!

そんな絵のようなワタシの未来を描きたいのですけど、

葛飾北斎が書いた浮世絵の
富士山なのか、
まるで写真のような写実的な水彩画の
富士山なのか、

悩んでるは言い過ぎなところはあるんですけど、
考え中なんです。
でも、もうすぐには3年生ですからね。
そろそろ決めて、
学校で学んでることを土台にして、
浮世絵なのか、写実画なのかを決めて、
学校では得られない学びを自身で得ていかなければいけない。
そんな時期なんですよね。

浮世絵の富士山とか、
漫画か!ってツッコミが必要な感じでとんがっちゃってたりとか、
そんな波あるかー!ってのもよくありますねよね。

でも、でも、あれってのに、
日本だけの絵画の文化を帯びてる神々しい美しさがあったり、
そんな顔の人はいないでしょ!
って着物の女子も、
どうも、
色っぽい。艶っぽい。

これと同じようなことを
ワタシの学びの方向性でいうと、

浮世絵は
東洋医学!!!
って感じなんです。
決して写実的なんかじゃない。
科学や物理では解明しきれない
人間の神秘という不思議な生き物である人は天という宇宙と合一【ごういつ】である
という思想だったりが中国では数千年前から培われて
それが日本に渡ってさらに培われ続けている
歴史に裏打ちされた治療の
論と技。
ザ!東洋医学!
って感じなんです。

面白いんですよ。
東洋医学。
さらに、ザ!まで行くと。
ザ!まで修行を積まれて開業されて
たくさんの患者さんを救ってる先輩とかいるわけです。
当然に治療効果を出されてるからに他なりません。

面白いんです。
好きなんです。
その論が。
浮世絵みたいに写実的じゃない方が。
合ってる気もする。

じゃー、
ザ!東洋医学!
目指せば良いじゃん。
って話なんですけど、
ザ!には
神技【しんぎ】と呼んで大事にする診察法があるんですけど、
望診【ぼうしん】や
視診【ししん】とも言います。

すなわち患者さんをよく
視る【みる】ということが
診察の中での神の技だとしてるわけです。

そうすると
「きっかけ」のところは障害にもなるわけです。
ワタシの場合。

さらに、
ザ!東洋医学!はわかりづらい。
患者さんに。
サワサワして、鍼を一本刺して、
5000円とかってだけだと、
なにそれ?
あれなに?
たけーな。
って思われちゃうのは自然な事だとも思う。

だから、
勉強しないといけないんです。
修行しないといけない。
論と技を。
学校の学びを超えて。

逆に、
写実的な水彩画は、
もう、まず見た瞬間にキレイですよね。
うわー!写真みたい!
ってなるような
素敵な富士山を描く技術を身につければ、
絵師として一定の仕事が確実にあるわけです。

これをですね、
ワタシの学びの範疇に戻すと、
西洋医学寄りの治療なんです。
写真みたいー!
だったら写真でもいいわけです。
写真は富士山そのもの映しますからね。

これが、
ワタシには
病院に思える。

絵じゃなくて、写真で良いじゃん。
鍼じゃなくて、病院で良いじゃん。

病院の方が科学的な検査をして正確だし
保険が適用されるから安いし
薬飲めば治りも早いし。

でも、でも、写真より絵が好き。
って人は一定数いてくれてるんです。
写真じゃないの。
写真のような絵が良いの。
という人たちがいる。

それと同じように
一定数のそういう立ち位置の人が、
鍼灸治療院とかに行くわけです。

そして、
そこは、
ザ!東洋医学ではなく、
写真と写真のような絵とが近いように、
病院と近いアプローチをするわけです。
病院は科学とかエビデンスというものの上に成り立つ
西洋医学こそがすべてであって、
その論法に近いところで鍼灸治療を行う。

ここは、
ワタシが今、興味を深めてるところとは違うけれども、
病院に慣れてる患者さんには治療が理解しやすいし、
当然に治療の効果がないことないし、
写真じゃなくて絵が良いとする人が一定数いるように
西洋医学的アプローチをする治療院には一定数の市場がある。
だから、雇われるという働く場所もある。

ワタシが描く富士山。
どっちが良さそうですかね?

浮世絵?
写実画?

ザ!東洋医学?
西洋医学よりの鍼灸マッサージ?

ワタシの富士山は
「生まれ育った地元に貢献するワタシ」
ってことだよね?
そこに立ち返って考えてるんですよね。
そして、
ワタシはどんな筆を取って
どんな富士山を描くのか?
その選択のために今は
どしどし本物【ほんもの】に触れてこうと思ったりなんですけど、

ま、
結局は
患者さんであり、お客さんは
筆がどうだとか、
絵の種類がどうのなんてのは知ったこっちゃないわけで、


「あそこの絵さ、なんかさ、上手いんだか下手なんだかわかんないんだけど、なんかね、良いんだよ。ちょっと行ってみな。」
って言ってくれる人が繋がっていく
そんなモノマネではないワタシなりの絵ってやつを
描けるようになりたい。

なーんてことを思ったり、
悩んだり考えたりしながら、
企んだりしています。