
これまでの人生のトラウマや、
生まれ育った家庭状況で、
自分の事は後回しが当たり前でした。
4人兄弟の一番上で、
幼い頃7才のお祝いで、
綺麗な髪飾りを買って貰った事を、
覚えています。
それ以外、
自分の希望は、
両親には言えませんでした。
母は、身体が弱くて、
弟や妹の世話を、小学校の頃から
当たり前のように担っていました。
思い返せば、
弟や妹が要らないと言った物を、
いつも使っていました。
それは、貧しさの中で、
懸命に働く両親を知っていたからです。
特に父が。
兄弟達が、
全日制の高校に進めるように、
私は幼い思い込みで定時制高校を
選びました。
父をかなしませてしまいましたけれど、
それはそれで、
後悔はなく、沢山の友人達と
楽しい年月を過ごしました。
定時制高校を卒業して、
故郷を離れて、
2部の短大に進学したのは、
もっと勉強したかったからです。
その頃も、昼間働いた給料の中から、
実家に仕送りしていました。
末っ子の弟を亡くしてからも、
両親の病の看病もあり、
思えばずっと、家族に付き添って
生きていた気がします。
私のその生き方は
変わらなかったなと今思います。
息子二人のお下がりを
使っています。
それは、私自身の思いが
そうしたのです。
生き方を見返していたら、
いつも自分の思いで進んで来たと
思えます。
誰かに強制されてもいませんし、
自分がそうしたかったから
そうしたのです。
少し前、
次男と話していて、
ああ、そりゃあ
そう思うよね~と思った事が
有りました。
使えるものはとことん使うしね、
それで、楽しむ所も、
確かにあるしねと納得しました。
けれど、
それは、生活面で、
私が出来るやりくりの一面なのです。
例えば、
私は経験ありませんが、
電化製品の何処かが動かなくなったり
すれば、
裕福な家庭なら
当たり前に買い替えますよね?
確かに
その動かなくなった電化製品を、
工夫して動かすことを
楽しんで来ました。
勉強になりました。
それは、
私の中でそうすることで、
守りたいことがあったからなのです。
そうすることが、
特別な事等ではないのです。
そんなことせずに、
違うことも出来たのです。
私は、工夫してそうして来たのです。
それだけなのです。
ふっと思ったことがありました。
もうさ、
お下がり人生
やめてもいいんじゃない?と、
心の奥から聞こえた気がしました。
私のその生き方を、
息子が、
おかあは、それが好きなんだと
思っていない?と感じたからです。
あ、それもあるけど、
それだけじゃないんだよと、
あと何年この世で
こんな風に語ったり出来るか
解りませんが、
決めつけられるのは
どうも、反発してしまう72才です😤
新しい物を、買って見ようかなと
数十年ぶりに思っています。
