長年当たり前のように、野菜の根っこが付いていたら捨てずに水に浸けているけれど、

 

  どんどん根を出す野菜もある。

 

  それを、土に植えると思いがけず成長して収穫できることもある。

 

  ニンニクやジャガイモなども、芽が出てしまった場合は土に埋める。

 

  ニンニクはどんどん葉っぱを伸ばすし、ジャガイモも薄紫の小さな可愛い花を咲かせる。

 

  そして小さいジャガイモが根っこにコロコロと付くようになる。

 

  植物って、本当に強くて感動するから、

 

  スーパーでは、なるべく根付きを買うようにしている。

 

  豆苗を土に植えたら、ちゃんとエンドウ豆が取れるのだ。

 

  

  台所の生ゴミを埋めると、ある日スクッとしっかりした芽が伸びている。

 

  また感動するんだよね。

 

  水と空気と土と陽の光があれば植物は育つ。

 

  数十年、小さな庭は私の宇宙なのだ。

 

  そんな植物たちを見て来て、

 

  人間も、もっとシンプルに生きることができるんだよねと学ぶ事が出来た。

 

  成長して花を咲かせ、種を付けて枯れても、

 

  落ちた種は次の春に芽を出すのだ。

 

  地球の生き物って、みんなそうじゃないかなと思う。

 

 

  人は心があるから複雑だけれど、根っこは同じだと思う。

 

  心は、愛を作る形のない魂が宿る空間ね。

 

  

  陰謀論や考察や思想論を読むのに疲れたら、

 

  愛し合う人々の動画を見るんだ。

 

  異性同士でも同性同士でも、親子でも、愛がある動画は、

 

  見ていて本当に心が柔らかくなる。

 

  

  誰でも自分を発信出来る今の時代だけれど、

 

  何が言いたいのかよくわからない発信もあるし、

 

  こんな情報誰も発信していないでしょ?的な自信満々な発信もある。

 

  私が見るのは、公平な見方で発信している人。

 

  

  昭和生まれの私は、パソコンやアイパットで世界の情報を見たり読んだりしているけれど、

 

  時々、寡黙で頑固で純粋な昭和の男はやはりかっこよかったなと思うのだ。

 

  

  昭和生まれの政治家さんたちには、残念だけれどそんな男はいないな。

 

  返って若い人の方が、世界と戦っている人がいると思うよ。

 

  

   高校は定時制だったから、社会の仕組みは早くから見て感じて生きたと思う。

 

   地位からの権力には、ずっと疑問を持っていた。

 

   権力に乗って物言う人間は、魂が受け付けなかった感じ。

 

   50年前も現在も、社会の形は変わっていないのかもしれない。

 

   権力者を崇める社会、それか、そんなのどうでもいいか、どっちかね。

 

 

   だからね、若い人々が好きなんだよね。

 

   みんな同じ人間だろ?って話したとしたら、理解するの早いと思うんだよね。

 

   権力者という言語が無意味になる社会。

 

   本当は元々そうなのだと思うけどね。

 

   権力をかざす人間がいて、その権力に従う人間がいた訳だから、

 

   要するにおんなじかなと思う。

 

   権力に従わなければいい訳だし。

 

   そういう行動をして、権力側から命を絶たれた人も物凄く沢山いるんだね、世界中で。

 

 

   でもね、魂は永遠に死なないって知ったのは、末っ子だった次男と両親を亡くしてから

 

   死ってどういう事?と思ってからなんだよね。

 

   姿が見えなくても、そばにいてくれていると感じた事は、何度もいつもあるんだ。

 

   愛は永遠とよく聞くけれど、心からの愛はきっとそうだと思う。

 

 

   今日、息子に思っている事を伝えた。

 

   これまでは、先頭は君と君の弟だった。

 

   これからは、あと10年、自分を先頭に生きるからってね。

 

   10年は生きる予定ね。