壬生義士伝における斎藤一という役は基本的にめちゃくちゃ美味しい。

出番の量もさることながら、人物像の深さ、エピソードの濃さ。
どれを取っても主演である吉村に次ぐ。

多分、斎藤一を二番手の役にした方がもっと色んなことの収まりは良かっただろうね。


一方で、この役を朝美さんで観れて良かった、と心から思う。

斎藤一という役がめちゃくちゃ美味しく感じるのは、朝美さんの持つ個性が一際輝いてこそだという側面が間違いなくあるから。

美味しい役を美味しく魅せる役者さんの技って言うのかな。


じゃあ朝美さんの個性って何なんだろう、と壬生義士伝を観劇した後、つらつら考えてた。

私が初めて朝美さんを認識したのは「ひかりふる路」のサンジュスト。

琥珀から2回目の観劇で、顔も名前も存じ上げなかったんだけど、台詞を発した一発目で

(あ、この人主要人物なんだな)

と直感的に分かった。

そんでもって場面が変わっても、事前に顔と名前が一致してた望海さんと真彩ちゃんと彩凪さん以外で唯一すぐに見分けがついた。


何でかって朝美さん、声がめちゃくちゃ特徴的だったから。


それも主人公っぽい声の良さ。

すこーんとまっすぐ飛び込んで来るような芯があるというか。
一言で言うと強い。もしくは熱い

その上で、あの目力ですよ。


シャンドン伯爵における彩凪さんとの違いが一番私的には分かりやすかったかな。

同じ陽性、高貴な役でも彩凪さんが陽だまりだったのに対し、朝美さんには真夏日の太陽みたいな熱と勢いを感じたのね。

ほんとにあの目と声は唯一無二だと思う。


そんな朝美さんの個性が存分に活かされ、詰め込まれたのが斎藤一という役。

それは彼の登場シーン、鹿鳴館をごろつきたちが襲い、騒然とした中での

「やめんか!」

という第一声から感じられる。

武器を持って興奮しているごろつきも、恐怖に逃げ惑う女性達も、しんと静まって思わず道を空ける。
そういう演出であることに全く違和感がない。

そんだけ朝美さんの声が鋭く、混乱の最中であっても耳に届く強さがあるのね。


新選組パートでも同様。

剣客集団である新選組の中でも特殊な存在というか、一部隊士からはめちゃくちゃ恐れられてるのが浮き出るような声の質と合う。


もちろん、斎藤一という役を際立たせているのは声の異質さだけじゃない。

不遜な態度、粗雑な言葉遣い。
立ち回りにおいてはあえて隙を見せることで強者であることを見せていて、これが隙なく構える吉村との対比になってた。

そういう、身体全体での表現に加えて、あの目ね。


常々思うんだけど、朝美さんの目って情報量が多い。

役として今何を考えているのか、どういうことを思っているのかが手に取るように感じられる。
(ちなみに望海さんは眉と口に出ると思ってる)


そういう、言葉以外の言葉を見せてくれる人が私は好きで、オペラで追いかけたくなるんだよなー。

谷へ向ける侮蔑の感情もそうだけど、はじめにおっ、と思ったのは吉村との剣戟の場面。


「いんや、死ぬわけにはいかねぇ」


斎藤の剣を止めて鍔迫り合いする吉村が、どんな顔をしながらそう言ったのかは観客には見えない。後ろ向いてるし。

でも、望海さんの狂気を帯びた声と、それを受ける朝美さんの表情で、想像はできる。


朝美さんの目に浮かんだ恐怖は、底の見えない谷底を覗いたような、暗闇の中ひんやりとしたものが首元を掠めたような、そういうものに見えた。

「生まれて初めて怖いと思った」

斎藤は沖田に対し自身が感じたことを簡素にこう語るけど。

それが単純な死への怖さではなく、吉村という人間の裏側に潜む強い思い、執着心に圧倒され、呑まれたんだな、ってとこまで推察出来ると思う。

この吉村という人間のインパクトに触れたから、彼は鳥羽伏見で吉村を嫌いつつもその命を尊び、彼なりに護ろうとしたんだろうね。


最後、胸ぐらをつかみ、

「お前は南部に帰れ!」
「お前には(お前が死んだら嘆く)家族がある!」

と怒鳴りつける斎藤の不器用さですよ……。

人を案じていることを怒るという形でしか表現出来ない未熟さがある意味彼の美徳なのかもしれない。
吉村もこんな風に素直に怒れたら良かったのに、と思ってしまった。


何にせよ、家族自慢、故郷自慢をする吉村を嫌って斬ろうとした出会いからの変化が丁寧に描かれているので、素直に感動できる。

斎藤のなりふり構わない必死さが愛おしくすら感じられるよ……。



ところで、斎藤は口では「いつ死んでも良い」「斬られないから生きてるだけ」と言ってるけど、実は誰よりも生きることに貪欲だと思う。

彩凪さんとか永久輝さんとかに感じる退廃さみたいなのがないというか、それが朝美さんの個性なのかな。


生命力に溢れていて、熱くて、時に泥臭い。

斎藤の場合も、生きる力が強いからこそ常に危険の中に身を置いてないと物足りないんだろうな、って感じ。
だから新選組の主要役の中でも彼が幕末を生き抜き、明治に至るのはとっても納得できる。



まあそれはそれとして、偏屈な人間であることは変わりない。
新選組では沖田が、明治では池波がいてくれてほんとに良かったねニヤリ

彼らが社会性の乏しい斎藤の良い緩衝材だな。

そう思うと斎藤ってただ生き残っただけじゃなく、出会う人の縁にも恵まれた幸運の男と言えるのかもね。