たまに悩みを相談したり、なんてことない話の中で ギョッとすること言われたりする。
婚活中でパーティーでお医者さんがいて、って話していたら そもそもそれ本当?医者はモテるしパーティーなんかに行かないでしょ?まだ出会って、までしか言っていないのに、怪しい節もない一言目から それ?
とか。何か問題が発生したときにまずは身内を疑え!とか
いやいやいや、斬新過ぎてと言うか私にはない着眼点でそれはありがたくもあり悲しくなる。
疑い出したら全て制限なんてないし、私はそもそも人を信じたいし、そんな疑った世界に生きたくない。
心配してくれてるのかもしれないけれど、
私は寂しく思う。
人を信じない?いや、違うか、、私を信じてくれてないことが悲しいのかな。。
傷ついているときに、例えそれが正論であったとしても今言う必要あるのか、と思うようなこと言われたり、
図星をついてるから心が痛むのかもしれないけれど、受け止められる状態じゃないのだってわかってても、言う辺りに そっと距離を取る。
イエスマンだけ周りに置きたいわけではないけれど、人が何かしよう、とかそっと一歩踏み出そうとしているときに、悲観的なこと言われると切なくなる。
私は否定しない。
私の考えはあっても、それは私の考えであって全てではないから。
聞かれれば意見を言うことはあっても
否定はしない
私が私を否定しているからなのか。
法則から言ったらそうだけど (笑)
そうでした、新たな願望を打ち上げるための経験なんだよね、
寄り添ってくれる人がいいー🚀
これで大丈夫、後は悲しい出来事を気にしなければいい。
深刻になりすぎない。
(ドラマに入り込みすぎない)
リラックスリラックス