出来事と幸不幸は本来結びついていない

幸せ  はブレずにある

出来事は、自分の好み、よりこうしたい!こうなりたい!を明確にするためにあって、望みに向けてワクワクするために起こる

なのに、いつまでも望まない出来事にフォーカスして悲しみ、落ち込み、未来を不安視したり、いつまでも引きずってみたりずっとそのことを話し考えていては本末転倒。

結果いつまでも、不安な出来事を引き寄せ続けることになる。

本来、私は私であって。
誰にも傷付けられたり、不幸にさせられたりできない存在なんだよ。

出来事に対して幸せ、不幸、決める決定権は私にある。

傷つけるつもりで言われた言葉も私が傷つかなければ相手の意思は無効になる。

楽しむために、よりこうなったらいいな、を現実に起こして経験するために地球に生まれてきて

いつからか、現実の出来事に翻弄され、経験し学習して不安を排除することに夢中になって、排除しきれず疲れきる。。

嫌だな、と思うことも起こるよ、

だってより望みを知るために。

ずっと成長していくことも決まってることだから。

停滞はできない。

停滞してると思うのはいつまでも同じ思考、対応をずっとしているから同じ現実を起こしてるだけ。

変わってないように見えて変わってる。

思考に合わせて現実は変わってる。

振られようと、連絡無視されようと、失うことがあっても

出来事と私の幸せは直結しない。

それはそれ、私を脅かすことは誰にもできない。

なぜなら、もともと安全で何が起こっても大丈夫な存在だから。


能天気と言われるくらい

悲しい出来事や現実は無視して喜びや望みに目を向けて  

日々子どものようにキャッキャ言っていられたら、現実もずっとキャッキャ言えることしか起こらない。

そして不幸と思うことが起こっても、そこからしか見えなかった新たな望みが生まれるために起こったことだと理解できたら不幸も不幸ではなくなる。




現実と自分をべったりくっつけていたら
そりゃ、落ち込みもするし、ちょっとしたことで舞い上がりもできるし谷底にも落ちる。。

私の感情はジェットコースターみたいに忙しく、もうどうにかならないかな、、疲れ過ぎて立ち上がれない理由は、ここにあったようです。