天然記録 -9ページ目

 

2025年5月31日発行

 

↑より抜粋

 

私は、歴史研究家ウィリアム・ブラムリーの著作
「エデンの神々」によって
19世紀末から20世紀初頭の米国人
超常現象研究の先駆者チャールズ・ホイ・フォート
(1874ー1932)の存在を始めて知った。

フォートは

「地球、そして地球の原住民は
異星人によって所有され、支配されている。
地球人類は
この地球の主人としての異星人の家畜人間にすぎない。」

という仮説を立て
一生かかってそれを実証する資料を収集し
その成果を4冊の著作にまとめたという。

「私は思う、我々は何者かの財産(所有物)である、と。
私はあえて言う、我々は何者かに所属している、と。

昔々、大昔、地球が無主の地であった頃
別の世界の者たちが探検にやって来て
地球を植民地にした。

そして、この猥物の所有をめぐって、彼ら同士で戦った。
しかし、今や地球は、何者かによって所有されているのだ、と。」

西洋文明世界で、太古から現在まで
異星人による地球支配が貫徹されてきた
とする仮説を、あえて公然と提起した人物が
フォート以前に登場したことがあるのかどうか
私は知らない。

このフォートの仮説を採るとしよう。
その場合、たちどころに2つの問題が設定される。

第一、我々を所有している主人は誰か。

第二、我々が、地球を所有管理支配している
ご主人様にとっての家畜人間であるとしたら
我々はその運命を甘んじて受け入れるべきか
それとも、この運命の檻から脱走しようとするのか否(いな)か。

異星人が
我々地球人類のご主人様であるという説が本当だとしたら

ご主人様たる異星人の陣営に参加して
その支配力を強め、地球原人をより完全な
家畜人間・ロボット人間に仕上げられてゆく
戦争の兵隊の一員として活動するか。

または

地球原人の自由と解放の立場に立ち
異星人の正体を恐れる事なく暴露し
地球人類の自覚を促(うなが)すべく行動する。

というふうに分かれるであろう。

このように見てくると
「エデンの神々」を著したブラムリーは
文句なしに、後者に属する著述家である。

ある日、ブラムリー少年は、戦争の残酷さ
戦争の被害を受ける人々の悲惨なありさまを示す
テレビの場面を見て、衝撃を受けた。

その時彼は

「人間は何故、こんなむごたらしい戦争を続けるのか。
人間は、人間同士の殺し合いを止める事は出来ないのか。
なぜ人間は戦争をするのか」

という疑問を心に抱いた。

長じてから生物学者となり、いよいよ1979年
人類にとっての戦争の起源を突き止めるための調査を開始した。

思いもかけない事に、ブラムリーはそこに
異星人の介入という、決定的究極的原因を見出した、という。

つまり、異星人が地球原人を効率的に操作するために
手段として、人間同士の大規模な殺し合い
すなわち戦争を煽動し、演出し、助長しているのだ
との結論である。

しかも、彼ら異星人は
果てしなく、永久に続くこの戦争による
人間殺し合い皆殺し大量殺戮
(ジェノサイドホロコースト)を確実ならしめるために
宗教というイデオロギー信念信仰装置を発明したという。

実は、アダムとイブの一件は
ホモサピエンス(人類の祖先)が
奴隷状態から逃亡するために、必要とされる知識を得ようと
企(くわだ)てた物語であるという。

さらに、BC7世紀に、もう一つの別な企てがなされた。

インドにおいて
アーリア的システムに挑戦する人民大衆を
巻き込む非暴力的運動が発生した。

この運動は、監視者的宗教を
奴隷人間の精神的自由をもたらすような
実際的方法によって置き換えるべく
人々によって考案された数少ない
重要性のある企画のうちの一つであった。

これが、釈迦を開祖とする仏教である。

ブラムリーは、独立独歩自由人の宗教の
最大なるものとして登場した仏教が
やがて監視者による監獄宗教の巻き返しによって
変貌し、墜落してゆくありさまを描写している。

かくして、地球上に現実に存在する宗教は
監視者の宗教と、独立自由人の宗教と
2つの全く異質な要素が、種々な程度に

混合したものとなってゆく、と述べている。

南アフリカ、ズールー族の伝説によれば
昔昔大昔、空からトカゲのようなかたちをした人種が降りて来た。

そして、このトカゲ人種が地球の人間と結婚して
生まれた人々の子孫が、自分たちズールー族であるという。

シャーマン、クレド・ムトワは

「空からやって来た、この高度文明の介入の結果
人々の間に対立と争いが持ち込まれた。
そして、その争いは必然的に人間同士の殺し合い
いつ果てるともない戦争に発展した。」

という。

黒人アフリカは未開、野蛮、野生の
代名詞のように見なされてきた。
ところが、そうではなかったようなのだ。

何万年、ひょっとしたら10万、20万年も昔から
アフリカの黒人は、高度文明異星人の
侵入侵襲を受けた、犠牲者であったのかも知れない。

けれども、これは大昔の事件であって
その伝説によれば、シリウス系高度文明異星人は
地球を離れて故郷の星に引き揚げたという。

ドゴン族は
黒人アフリカ全大陸では孤立した一点にすぎず
しかもその起源は、エジプトに求められ
あの大ピラミッドを建設した大文明の地
エジプトから西アフリカに流れ着いたのだと説明される。
(ロバート・テンプルによれば)

ズールー族の老シャーマンが
まさに1999年の現在、この地球上の全人類の前に出現して
公然と極秘の真実を証言し、暴露しはじめたという事実は
実に驚くべき奇跡である。

「人類は、今日に至るまで
未だかつて、いかなる本物の進歩をも知らなかった。

なぜなら、我々に人類が宇宙の中での
我々の正当な地位に達することを
阻止する努力が存在したからである。

それは、チタウリであり、マンティンデンであり
天空に住む者を意味する、ミジムである。

我々は、これらの生き物を
超自然的存在と見なす事を止めなければならない。

彼らは、我々が彼らを必要とする以上に
我々を必要とする寄生物であるにすぎない。」

ムトワの言明は、少なくとも私個人についていえば
非常に深く納得させられるのみならず
西洋という真っ暗な闇黒(あんこく)世界を
照らす光のように感じられる。

彼らは寄生生物(パラサイト)であるという。

彼らは何に寄生するのか。

彼らは、地球原住民たる我々人類に寄生するのみならず
地球そのもの、地球生物全体社会に対して寄生しているのである。

その「彼ら」とは何者か。

それこそ、西洋世界が神や神々と呼んでいるしろものであった。

人類は、今日に至るまで、未だかつてない
本物の進歩をも知らなかったと、ムトワは断言する。

しかし、2千数百年前までの
日本列島縄文人の文明には、上の定義はあてはまらない。

我々日本民族の祖先日本原住民は、奇跡的にも
純粋地球原住民生え抜きの文明の建設に向って
「本物の進歩」を達成した。

従って、幸運にも監視者的異星人の監獄宗教とも
その精神の牢獄から脱走、逃亡、解放されるための
独立独学自由人の宗教なるものとも、無縁であることが出来た。

それでは、この寄生者的異星人の毒は日本列島に
どのようにして、どのような経路をたどって
侵入し、侵略し、侵襲してきたのであろうか。

「監視者的神々と、秘密結社が
活動を古代の中東とエジプトに限定していたとするならば
その他の地域に住む人類の歴史は
全く異なったものとなっていたであろう。

しかし、実際はそうはならなかった。
秘密結社の組織網は、攻撃的な布教と武力的征服によって
全東半球に向って拡大され、インドが彼らの標的の一つとされた。」

と、ブラムリーは「エデンの神々」で述べている。

彼らにとって、西はギリシャから始まる。
ギリシャが西と東の境界線である。

ギリシャのすぐ東はトルコ、これは近東であろう。
その東隣りが、メソポタミア、現在のイラク
そして、シリア、レバノン、パレスチナ、ヨルダン
イラン(ペルシャ)これが中東。

しかし、アラビア半島は中東に入るのか。
その先のインド、そして中国大陸はどうなのか。

異星人は、中東とエジプトに彼らの根拠地を確立した。

クルド・ムトワが証言したように
異星人は黒人アフリカにも、支配の手を伸ばしていた。
しかし、一挙に完全占領するには
アフリカ大陸は、あまりにも広大すぎる。

ゼカリア・シッチンは
異星人はもっぱら金(ゴールド)を求めて
中米(メキシコ・マヤ)と南米を訪れた説を論証した。

「BC2千年頃、アーリア民族の西北インド侵入開始」


と、「世界史重要年表」に記されているから
この年代は、西洋と日本の関係学会の定説なのであろう。

しかし、ブラムリーは、BC1500年
エジプトのトトメス3世の時代からBC1200年

モーゼの時代にかけて、インド西大陸は

アーリア民族として知られる人種によって侵略された

と「エデンの神々」に記している。

アイクは、BC1550年頃
コーカサス地帯に発したアーリア民族がインド北西部
インダス川渓谷(けいこく)地帯に侵入しはじめた、との
現代西洋歴史学の公認の説を「大いなる秘密」で紹介している。

この食い違いは気になるところだ。

ユダヤ人学者
ゼカリア・シッチンの「地球年代記」には
異星人アヌンナキとの関連において、アーリア人種
アーリア民族の存在がほとんど全く、言及されていない。

アーリア人種は、現代の西洋社会では
「セム系にあらざる白人種で、言語学的には
インド・ヨーロッパ系言語に属する」と定義される。

ブラムリーは

「アーリア人とは、せいぜいのところ
監視者的異星人によって作られた上級奴隷
(召し使い)に過ぎない。」

と述べている。

アイクもほぼ同じ見方を示している。

いずれにしても、異星人によって
上級奴隷人種として飼育、育種された
アーリア白人は、ペルシャ(イラン)に侵入し
次にインド侵略を開始する。

アーリア侵入後の
インドに形成されたカースト制度は明治以後
日本人にもある程度、広く知られるようになった。

結婚は同一カースト内部を原則とする。
カーストは世襲である。

下位カースト民が、イスラムに改宗することがあっても
今日に至るまで、その個々人の生来のカーストは
消滅しないようである。

釈迦とその教団は
アーリア人を頂点とする、このカースト制度に挑戦して
インドの民衆を、このカーストの檻から脱走逃亡させ
自由な人間として解放させるはずであった。

しかし、インドではこの試みは挫折した。
釈迦の没後約一千年で、仏教教団は
インドのカースト制度の中に組み込まれ、やがて死滅する。

仏教は、チベットから中国、朝鮮、日本へ(北伝)
セイロン(現在のスリランカ)、ビルマ、タイへ(南伝)

そしてごく小さな流れは、西へ向かうが
これは間もなく、完全に消えた。

 

つづく

 

2025年5月31日発行

 

↑より抜粋

 

1859年、当時の英国ケンブリッジ大学副学長博士は
「人類はBC4004年の12月23日午前9時に創造された」
と書き記した。
この年は、ダーヴィンの進化論が発表されたその年であった。

1859年といえば、これは「現代」といってもおかしくはない。

それに、米国では今なお、「聖書」「創世記」
神による天地創造説が、そのまま一字一句絶対的な神の啓示
絶対的真理として信仰する、有力な勢力が存在しており
学校で、ダーウィン進化論を子供たちに教えることを禁止せよ
と主張するキリスト教原理主義が

数千万人の米国人に影響を及ぼしているという。

それでは、神による天地創造
そして、人類の祖先アダムとイブの創造の日はいつか、となる。

BC4004年、つまり今から6004年前に
「天地は創造され、アダムとイブがその最後に創造された」という。

日本人の常識では、6千年前であろうと
6万年前であろうと、60万年前であろうと
神によって天地と、そしてすべての動植物
人間が創造されたという観念に違和感がある。

ケンブリッジ大学副学長が
「BC4004年人類創造説」を再論説してから
わずか100年足らずのうちに、西洋欧米の科学界は

地球に最初の微生物が誕生したのは30数億年前。

恐竜類が絶滅して哺乳類が発達し始めたのは数千万年前。

哺乳類の一派として猿が出現し

人類の祖先を含む、霊長類の猿に進化し

人類は300万年前に分化して、今日に至る。

人類の進化は、二足直立歩行と手の発達
道具の制作、脳の発達を経て、旧石器人、新石器人
火の使用、家族の成立、言語そして文化となって
ついに、ほぼ5千年前(BC3000年)に
エジプトと、シュメールに文明が誕生した。

というふうに宇宙と地球、そして人類の歴史を統括して見せた。

しかし、これでは
「BC4004年人類創造説」と衝突するではないか。

なぜ欧米世界は、この期に及んでも
この唯一絶対全知全能の神による創造説を捨てないのであろう。

「創世記」とは、Genesis(ジェネシス)の訳語である。
ジェネシスは、起源、発生のこと。
ジーン(gene)は遺伝子。

生物の遺伝子の分子生物学的構造が発見されたのが1953年。
そしてほぼ同時に、電子計算機コンピューターが実用化される。
それから約20年の間に、西洋の科学界は
遺伝子生命工学と遺伝子操作技術を急速に発展させた。

すると、1973年12月に

フランスのユダヤ人、クロード・ボリロン(ラエル)が

「異星人エロヒムの接触を受け、人類を含む地球上のすべての生命は
別の惑星からやって来た異星人によって実験室で科学的に創造された」


というメッセージを受けたと自称。

その趣旨の著作を出版し、全世界に
「ラエリアン・ムーブメント」なるものを組織し始めたという。

1976年には

「異星人が地球に来て、地球原人に遺伝子操作を加えて
彼ら異星人の奴隷としての人間を創造した」

という筋書きからなる、同じくユダヤ人のシュメール学者
ゼカリア・シッチンの「地球年代記」第一巻が出版された。

既にその前に、アンドルー・コリンズが次のように要約している。

「1947年、空飛ぶ円盤が
米国で観察されて大騒動を引き起こし
1950年代から1960年代にかけて
UFO目撃頻度は劇的に増加した。

1968年、SF作家エーリッヒ・フォン・デニケンの
古典的作品が出版され、別の世界から来た地球外生物が
人間のもっとも遠い祖先に知識と技術を授け
文明の誕生を導いたとの自説を展開し
ある種のセンセーションを西洋欧米社会の中に作り出した。」

この動きは、自然の成り行きとは考えられない。

イルミナティ秘密結社の周到な演出と見なければならない。

このような雰囲気作りを土台として
1970年代に、現地球人類は
異星人による遺伝子操作の産物であるというお話
(台本、脚本)が登場するのである。

日本民族は秦(しん)・漢帝国の頃から
中国大陸の影響に浸透され、その文物を学んだが
にもかかわらず、ついに今日に至るまで
中国の秘密結社、すなわち裏の世界をまともに相手にしてこなかった。

日本には、中国的な意味での秘密結社は存在しない。
自国に存在しないから向こうの国にも存在しないだろう
と盲信する。

日本は450年前から西洋との直接的な接触関係に入った。
にもかかわらず、今日に至るまで
日本人には西洋の秘密結社が見えない。

従って、西洋の秘密結社を研究し
必要とあれば、これと戦うべき国家機関が存在しない。

いやそれどころか、今日に至るまで
日本の国家指導層エリートは全員「西洋秘密結社の陰謀」
などという言葉を耳にしたとたんに、それをせせら笑う。

そのように、ユダヤ・イルミナティ・フリーメーソン
三百人委員会・世界権力のマインドコントロールに飼育されている。

つまり、明治以降、日本の各界エリートは、例外なしに全員
イルミナティのあわれで、みじめな家畜人である。
しかも、自分たちには、その自覚がゼロである。

「アジェンダ」

この用語を、デーヴィッド・アイクは
「秘密結社のアジェンダ」として、きわめて頻繁に使用する。

西洋には、一般大衆には絶対に見えないように
極秘のうちに「アジェンダ・セッティング」を仕掛けて
これを実現してゆく秘密結社の系統が
数千年に渡って脈々と続いていたのだった。

その秘密結社の一端を、日本の国家が初めて視野に入れて
対抗措置を取った第一撃、明治38年(1905)

日露戦争終結後、日露講和条約(ポーツマス条約)直後
小村寿太郎(こむら じゅたろう)外務大臣が

フリーメーソンに対する、強力な抑止政策を発動した一件である。

小村外相は、日露講和条約成立後
世界の鉄道財閥、ハリマン(300人委員会直系)の
満州鉄道経営介入の要求を拒否すると同時に

日本人が日本国内で、フリーメーソンに参加することを
禁止し、かつ、幕末開国時から、横浜、長崎、神戸などに
開設されたフリーメーソンの支部(ロッジ)については
閉鎖しないけれども、厳重な警察の監視下に置くという
画期的な一歩を踏み出している。

けれども、フリーメーソンは
西洋の秘密結社のほんの一部に過ぎない。

いかにも派手派手しく己れを秘密結社の代表格として
世間にひけらかしているけれども、そんなものは
英語でいうフロント(front)の一種なのである。

それは、もともと「全面、前線」を意味するが
むしろ、「飾り物の代表者」「人気取りのための看板男」
「不法な行為を隠蔽するための隠れ蓑」といった用法にこそ
英語人の本音があり、それが日本人に見えない。

フリーメーソンは、まさに
「西洋秘密結社」のフロントそのものである。
本物の「西洋秘密結社」は、フロント
(表面、正面、全面)からは全く見えない。

1917年10月
突如として「ロシア共産革命」が勃発。
極少数のユダヤ人共産主義者が
あのロシア帝国を転覆させ、共産政権を樹立した。

しかも、そのユダヤ共産革命を、米英に本拠を置く
ユダヤ金融財閥が全面的に支援しているという。
その事実を知って、初めて西洋秘密結社の恐ろしさに目覚めた。

大正9年(1920)頃から、日本の極一握りの先覚者が
「ユダヤ秘密結社の謀略(ぼうりゃく)」の調査研究に着手し

昭和19年(1944)頃までの20数年
文字通り、死に物狂いで研究調査と

一般日本国民の教育のための努力が続けられたが

ついに力及ばず

昭和20年(1945)の時点においてさえ
日本の国家指導層のほとんど全員が
半藤一利(はんどう かずとし)著

「ソ連が満州に侵攻した夏」が例証する如く
ユダヤ・イルミナティのマインドコントロールに
呪縛されたままであったのである。

1970年代に入って、敗戦後30年を経てようやく

昭和19年(1944)以前のユダヤ研究の一端が

日本社会の表面に顔を出すところまで回復した。

しかし、それと同時に
1970年代には、注目すべき2つの事件が起きた。

その一つ目は、1973年、五島勉(ごとう べん)著

「ノストラダムスの大予言」第一巻の刊行。

二つ目は、1978年、「ムー」(学研)の創刊である。

「ノストラダムス」は、日本の青少年、若い世代に
西洋文明の深層としての黙示録、最後の審判
神と悪魔の戦い、ハルマゲドン

そして神の究極の選民としてのユダヤ(イスラエル)
などという、伝統的日本人には全く無縁であった
不吉な観念を植え付けた。

それと前後して、明治初来(1868)
ユダヤが周到に演出してきた

謀略(ぼうりゃく)としての「日ユ同祖論」が
新しい装いをもって、様々なかたちで売り出され
戦後世代の痴呆(ちほう)化された頭脳と

心の中に注入されてゆく。

つまり、ユダヤ・イルミナティの
より手の込んだ、より毒性の強い
マインドコントロール作戦の開始である。

月刊誌「ムー」の20年は
こうしたユダヤ・イルミナティの
ディスインフォメーション(情報かく乱)工作を
集大成する役割を果してきた、と私には思える。

にもかかわらず、ここには単なる
根も葉もないホラ話以上のものが含まれている。

それは、宇宙に異星人文明の存在
そして、彼らと地球の関係が何か、という問題である。

私は、1980年代、玄米菜食食養理論の実践を通じて
「家畜制度全廃論」を確立し、それを入口とする
「天寿学体系の構築」に着手した。

西洋文明こそ、畜産の論理を究極まで煮詰め
その結果、人類を主人と家畜人に分裂せしめるものであり

同時に、動物界全体、ひいては自然界そのものとの
永久全面戦争に突入し、地球生物社会を破壊し
必然的に自滅せざるを得ないしろものである

との結論が得られた。

デーヴィッド・アイクは
人間による人類の家畜化の前に
異星人による人類の家畜化が出現したこと。

そして、この数千年、現在の瞬間に至るまで
異星人は、秘密結社を通じて
人類を家畜化して所有し、かつ飼育していること。

最後に、中近東起源の一神教は
「異星人=秘密結社」集団による
人類家畜人化のための宗教という名の監獄に他ならない
という事実を証明した。

もちろんこれは、無数の事実によって立証されており
私はほとんど完全に、その真実性を納得するに至っているけれど
今のところ、有力な一つの「仮説」に止まる。

しかし、大方の日本人は
このような説を消化する準備が出来ていないであろう。

けれども、この関門を何としてでも通過しない限り
日本民族に未来はない。

縄文日本型天寿学的文明は、シュメールとエジプト
中近東地中海一帯で、異星人が造り上げた文明及び

何らかのかたちで、その影響下にある
日本以外のすべての文明とは、根本的に異質である。

縄文日本型文明は
唯一の純地球原住民の生み出した文明である。

つまり、日本人は、アダム、イブ的人間の末裔ではない。
日本人は「聖書」の民ではない。
日本人は、あの悪名高き「創世記」の民ではない。

従って日本人は、神(God)によって造られた被造物ではなく
造物主に反逆したという「原罪」も犯していない。

日本人は、「黙示録」「最後の審判」「破局」
「ハルマゲドン」とは、本来無縁であった。

しかし、この450年
フランシスコ・ザビエルの日本侵略以来
日本は、地球人類すべてを家畜人として
世界人間牧場に狩り立てようと企図(きと)する
ご主人様(マスター)のアジェンダ・
セッティング・テクノロジーの標的とされている
という事実に、今、私は気づいた。

私が気づいた、ということは、遅かれ早かれ
やがて、全日本民族が、その危険に目覚める可能性がある
ということを意味するはずだ。

それでは、私は今から、渾身(こんしん)
の力を注いで
「彼ら」の「アジェンダ」の主力の一項目としての
宗教という名の牢獄の正体の暴露と解明に取りかかろう。

 

つづく

 

2025年5月31日発行

 

↑より抜粋

 

米国の著名な古典学者、R・P・オリバー博士は
1980年に発表された「ユダヤはキリスト教を愛す」
という論文の中で

「キリスト教の教義は、3つの相矛盾(あいむじゅん)する要素
ゾロアスター教、仏教、ユダヤ教を無理矢理結合したものであるが
その三者のうち、ゾロアスター教がもっとも重要である」

としている。

ゾロアスター教は、世界(宇宙)は善神と悪神
2つの神が勝利を争う戦場である、という。

オリバー博士は続ける。

「かくして、ゾロアスター教-キリスト教体制は
人類史上、もっとも有害な思想というべきもの
悪を撲滅するための聖なる戦いを生み出した。

この体制の下では
全国民は周期的な精神異常の発作に見舞われる。
発狂した大群は悪神の極悪非道な手先どもを虐殺し
全滅させるために、自分たちを善神(ヤハウェとその息子たち)
によって選ばれたと夢想する。

我々(白人、アーリア人)の文明は
繰り返し滅亡の淵へともたらされ
我々のもっとも偉大な国家の幾つかは
実際にそうした独尊的な殺人狂の発作の中で滅亡した。」

ユダヤ人は
この「善」と「悪」の、死に物狂いの殺し合いを
背後で演出し、高見の見物という。

「プロテスタントの宗教改革は、宗教戦争の勃発を促進した。
この戦争のうちの、たった一つの戦争において
当時のドイツの人口の3分の2が殺されたのである。」

と、オリバー博士は述べている。

ちなみにそれは、ユダヤ人によって火をつけられ
煽動されたものである。

英国の天文学者ロバート・テンプルは
「ザ・シリウス・ミステリー」を書いた。

「地球の文明はシリウスから来た」という。

これは明確な断定である。

初版は1976年、第4版増補版が1998年に出ており
邦訳(ほうやく)は、この第4版を根底にしているという。

私は並木伸一郎訳を手に入れて読んだあとで、英語原書を入手した。

ところが、この英語原本と邦訳を比較すると
ひと目で、邦訳が原書の全訳でなく
抄訳(しょうやく)であることが分かる。分量が2分の1。

「初版出版の直後、著者テンプルに対する15年に渡る
強力な諜報(ちょうほう)機関の迫害が開始された。

なぜ、世界の秘密諜報機関の頂点に位置するそれらの組織が
テンプルの調査を葬り去ろうとして、かくも莫大な力を傾注したのか
それは推測するしかない。しかし彼らの企画は失敗した。」

とある。

その事実が、邦訳には紹介されていない。

本文は、著者がどのように米CIAその他の各国諜報機関の
敵意ある妨害をこうむったか、その事実を記述している。
ところがここの部分が、並木訳には、そっくり省略されている。

この邦訳関係者の態度は
日本の読者をミスリードするものではないのか。

「文明はシリウスから来た」という歴史的事実を
現代の一般大衆に知らせることを、世界権力は欲しない。

しかし他方では、デーヴィッド・アイクによれば
イルミナティ世界権力陣営内部の一員と評価される
ゼカリア・シッチンは、大々的に
太陽系第12番の惑星二ビル星人による地球植民地化と
地球原人の家畜人化を基礎とする説を大宣伝している。

シッチンが、CIAをはじめとする
世界諜報機関の妨害を受けたという話は聞いていない。

ちなみに、シッチンは「二ビル(NIBIRU)」を
太陽系第12番の惑星と仮定するが
テンプルによれば、マルドゥク50の名前の一つ
ネビル(NEBIRU)は木星。

これを古代エジプト語のNEB(支配者)
HERU(太陽)から派生した単語と考えると
「支配者たる太陽」。

そして、シュメール=アッカドの創造叙事記
「エヌマ・エリシュ」には
NEBIRUは、天と地の交点を支配する、とある。

テンプルは
ネビルは「木星」というよりも「太陽」であろうという。

しかし、テンプル説であれ、シッチン説であれ
「太古の昔、異星人が地球に飛来して
その当時とすれば、超高度の科学技術文明を地球上に建設した。
それが、エジプト、シュメール、その他の古代文明の源泉である。」

とする、この点では一致する。

テンプルは、サンスクリット、古代オリエントの歴史
天文学に通じていて、50年ほど前に

「アフリカのドゴンという原始部族が
シリウス星系について、当時の西洋文明世界よりも
はるかに正確な天文知識を継承している。」

との人類学的研究が公表された。

これに基づき、1976年に
英国で前述の著作の第一版を出した。

ところが、同じ1976年に
シッチンは、シリウス系ではなく

「太陽系の第12番の未知の惑星
二ビルから古代の時代に異星人が地球にやって来た。」

との仮説を提出した。

のみならず、その後20余年の間に
計8冊の著作を続々と刊行して
西洋欧米世界では、大ベストセラーとなったのである。

シッチン説によれば、二ビルは
太陽のまわりを、3千6百年の周期で回転するという。
従って、二ビル惑星の1年は地球の3千6百年に相当する。

恒星シリウスは実在するが
惑星二ビルはその実在を確認されていない。

いずれにしても、これら両系統の説は
古代シュメールの膨大な考古学研究に基づいて立てられる。

とりわけ、この100年の間に
欧米諸国の国家政府の支援を受けた専門家集団によって
数百万点のシュメール粘土版文書が発掘され
主として、米英仏の大学、博物館に収納管理される。

そして、これらの欧米諸国に、シュメール学が形成される。

「欧米では、古代史の謎解きがブームになっているが
日本では翻訳されている本はまだまだ少ない。」

と、1997年11月、アンドルー・コリンズ著
「天使の灰の中から」の邦訳者はあとがきに書いている。

ここで訳者は、「古代史の謎解き」という枠組みを設定するが
もちろんこんな見方は、問題外で子供じみている。

「古代史の謎解き」などという問題ではない。

西洋文明に深く浸透している一神教の「神」と「悪魔」
の起源および、その正体そのものが問題とされている。

つまり一見、「古代史の謎解き」であるかのように
見えるとしても、それは、すぐれて現在および
近未来に直接関連する問題なのだ。

唯一の残された問題は、ドゴン族の神話の伝えるように
この異星人が、太古のある時点で、地球を去って
故郷の星(シリウス)に帰ってしまったのか
(シッチン説も異星人は何千年か前、二ビル星に帰還したという)

それとも、デーヴィッド・アイクの説の如く
姿を隠し、姿を変え(変身し)て、現在に至るまで
極秘のうちに地球を支配管理してきたのか
ということのようなのだ。

カージー・グレイヴス著
「世界の16人の十字架にかけられた救い主たち」
注目すべき140年前の著作によれば

イエス・キリストが十字架にかけられて殺され復活
云々というお話の前に、世界中に16人の
ほとんど全く同様のストーリーの救世主が存在したという。

ここで、もっとも興味深く、重要と思われる人物(神)は
BC1700年、エジプトのツーリスである。

19世紀末から20世紀初頭にかけて
ヨーロッパに出現した秘密結社「ツーレ協会」の名称は
「ツーレ島」に由来する。

通俗的には、ツーレは「世界の果て、極北の地の国」
と解されている。

しかし、カージー・グレイヴスの説明は明らかにそれと異なる。

「神々の正統な子孫たちの
広大な帝国の究極の境界をなしている島としてのツーレ」

ツーリスは、この島からエジプトにやって来た、という。

そして「十字架にかけられ、激しい苦痛ののちに死んだ彼は
埋葬され、それから復活し、天上の国に上り
そこで、死者を裁くものとなった。」という。

「彼は、天国から地上に降りて来て、人類に恩恵を与えた。
そして彼は、恩寵と真理に充ちた者と言われるようになった。」
ともいう。

グレイヴスの叙述の範囲では
ツーリス、BC1700年、エジプト、というこの伝説は
もっとも古い日付けであり、問題のBC2000年の
大変動にもっとも近い。

BC1200年。カルデアのクリト。
「カルデア人の聖書には、十字架にかけられて殺された神として
クリトの名が記されており、彼はまた
ザ・リディーマー(救世主、キリストのこと)

(リディームは、買い戻す、請け出す、救い出す
リディーマーは、買い戻す人、身請人)

とも呼ばれ、永遠に祝福された神の息子、救い主
怒れる神に対して償いを提供する者などと言われる。」

この記述もきわめて興味深く、重要だ。

カルデアとは、バビロニア王国の南部ペルシャ湾岸地方。
カルデア人には、占星術、呪術師の意味もある。

怒れる神に対して、十字架上の自分自身の死によって
償いを提供するとは何のことか。

もちろんこの物語は
キリスト教の教義(神学)とそっくり同じである。

神は誰に対して
そして何について、何のために、怒っているのか。

それが説明されないと、このお話は全く意味が通じない。

にもかかわらず、それは、いわゆる「西洋文明」の根幹である。
そしてその根幹部分が日本には全く存在しない。
つまり、根、という前に、その種子がない。
何もないものは想像することすら出来ない。

日本人にとって、理解も想像も絶する
その異様にして、奇怪な存在の正体は、太古の昔
地球に飛来し、侵入して来た高度文明異星人であった。

しかし、「地球に」といっても
地球の全域ではなくて、その局地である。

1945年に没したアメリカの透視能力者
エドガー・ケイシーは
エジプト、ギザのピラミッドの設計が
BC10400年ごろには始まっていたと直観し
20世紀最後の20年の間に、アトランティスに関する
失われた記録が「隠された部屋」で発見されるだろうと予言した。

正直いって、ケイシーの透視能力には怖いものを感じている。

なぜなら、ちょうど20世紀最後の
20年が終わりかけている1990年代に
その「隠された部屋」が発見されつつあるからだという。

 

つづく

 

2025年5月31日発行

 

↑より抜粋

 

「永遠の審判」というおぞましい見世物

歴史家エドワード・ギボン著
「ローマ帝国衰亡史」に次の一文がある。

「キリストの誕生または死去の後に
執拗に悪魔どもの礼拝を固守した人々は
神の激怒の審判から免除される資格もなければ
見込みもないと、原始キリスト教会の万人一致で断定した。」

ここのところを、我々日本人は熟読して
よく記憶する必要がある。

さらに、こう続く。

「汝らは見世物を愛好する
すべての見物の中で、もっとも偉大なもの
すなわち宇宙の最後の永遠の審判を待ち望むがよい。

幾百千年の驕慢(きょうまん)なる君主帝王と
思いあがった神々とが、暗黒な無間の奈落に呻吟(しんぎん)し
主の名を迫害した幾百千の司政長官らが
キリスト教徒に対して、かつて彼らが燃やした火よりも
さらに一層強大な猛火の中に溶け去り

幾百千の賢明な哲学者らがその瞞着(まんちゃく)された
学徒とともに、炎の中に赤熟し、幾百千の名声赫々(かくかく)たる
詩人らがミノスならぬキリストの審判の座に身ぶるいし

幾百年の悲劇役者が、かれら自身の苦痛の表情に
最大の伎両(ぎりょう)を発揮し幾百千の舞妓が
このような光景を自分が目撃する時
自分の賞賛はどんなであろう、自分の笑いはどうであろう
自分の歓喜は、自分の欣喜雀躍(きんきじゃくやく)は……」

 

すべての見世物の中で、もっとも偉大なもの
すなわち宇宙の最後の永遠の審判、という。

「最後の審判」であるのみならず「永遠の審判」という
もっとも偉大なる見世物。

キリスト教の出現以後も、キリストを信じることを拒否し
悪魔の礼拝に固執した者たちを、神は激しく怒り
これらの者を地獄に監禁して永遠の責め苦を与えるという。

このように、恐ろしい最後の審判を主宰するのは誰か。
それは「神」であり、同時に「キリスト」であるという。
もちろんこの「神」は英語では「God」

その本来の意味は、唯一絶対至上全知全能
宇宙の万物を創造した「造物主(つくりぬし)」であるという。

そして何と、キリスト教会の二ケア公会議で決定された
いわゆる二ケア信条によれば、この唯一絶対の「造物主」を
父なる神とし、そのたったひとりの息子たるイエス・キリストもまた
全知全能にして天地の造物主(ザ・クリエイター)であると信じる。

このお方だけを、自分の救い主として
受け入れる者を「キリスト教徒」と呼ぶ。

イエスを信じるキリスト教徒は、最後の審判の時
異端者、異教徒、不信者が強大な猛火の中で
赤熱(せきねつ)し、溶け去るありさま(見世物)を
特等の観覧席で、心ゆくまで見物することが出来る。

「ああ、何と幸福なことか!」という。

ここには、キリスト教とキリスト教会と称するしろものの
本音と本質が、赤裸々に、率直に、全的に
何の遠慮もなく吐露されている。

「聖書」は人類を滅亡に導くための計画書

終末の時、「イエスを信じる者は救われる」という。
それは本当か?

「第6、第7モーゼ書」の中味は次のように要約される。

1・神とは自然法則である。

2・神には2つの位相(いそう)がある。

3・すなわち、一つは「白い神」。自然の摂理。人間はそれに従属する。

4・もう一つは「黒い神」。これは人間の欲望に従属する神。

5・「白い神」は、人間の文明の発達を欲しない。
なぜなら、人類文明の発達は、自然支配の強化となるからである。
かくして「白い神」は、人類絶滅を計画するに至る。

6・これに反して、「黒い神」は
人間に文明を与え、人類の自然征服を援助する。

7・人類にとって理想的な国家指導体制は
一般大衆には「白い神」を信じさせ、国家エリートは
「黒い神」を召喚(しょうかん)して使役(しえき)する。
そして、モーゼの時代に、このかたちは
萌芽(ほうが)的に出現したものの、モーゼのあと断絶した。

8・人類が「白い神」の計画または、陰謀謀略によって
絶滅させられようとしている現在、モーゼのかつての水準を取り戻し
「黒い神」の力を使って、人間の自然征服を徹底させる他ない、と。

この第6,7モーゼ書が現在、西洋欧米社会で発行禁止処分
厳重な禁書扱いとされる、との事実は、とりあえずまず興味深い。

在来のユダヤ教、キリスト教の神学理論体系では(おそらくイスラムも)
「黒い神」は、疑いもなく、悪魔、サタン、ルシファーに照応する。
この「黒い神」を召喚して、人間の欲望を満足させるために利用し
使役する、という行為。

これは、まぎれもなく、キリスト教会の公式教義の文脈では
悪魔主義の実践以外の何ものでもない。

禁書とされてきた「モーゼ書」は
「神を常に、下位神の立場へと追い込め」と忠告している。

自然を完全に支配し、我々を、あるいは我々の文明を
「神聖にして侵(おか)すべからざる」存在にしろと教えている。

それを可能にする法術こそが「召喚神術」なのである。
アブラハムからモーゼに至るユダヤ人の歴史は
神を召喚し、これを支配するに至るまでのプロセスであった。
と記しているという。

下位神とは「黒い神」とも呼ばれ、その正体は
人類文明によって統御(とうぎょ)され、支配され
人間の奴隷とされた自然法則である、という。

「黒い神」すなわち、下位神
および自然界を完全に人類の統制下に置くことの出来る者
それこそ人類が必要とする真の救世主であるが
その救世主とは実は「ヨハネの黙示録」では
獣(けもの)と呼ばれる忌まわしき存在
すなわち反キリストである、とも述べている。

人類は「白い神」によって絶滅させられようとしている。
なぜなら、自然界は人類文明の発達と相容れないからである。
「自然法則」は、人類を破滅させて、この地上から一掃するように働く。

「もしも、「自然の法則が絶対的な力を持って
異分子たる人類を滅ぼそうとするなら
逆に人類は、自然の法則を追い落としてしまえばよい。

人類が万物(ばんぶつ)に君臨する「神」になればいい。

神によって滅ぼされるか、滅亡したくなければ
今こそ我々は立ち上がり、神々を我々の前に
平伏させなければならないのではないか。」
(モーゼ書)

これは、俗耳(ぞくじ)には分かりやすい構図だ。

自然=白い神⇒人類を滅亡させるべく着々と行動しつつある。

人類は自然(白い神)に滅ぼされるか
人類が神(自然)を打ちのめし
神を人間に平伏(へいふく)させ、神を人間の奴隷
(つまり黒い神)となし、人間自身が
万物に君臨する神となるか、2つに1つ、と整理できる。

「第6、第7モーゼ書」は
西暦313年、ローマ皇帝コンスタンティヌスが
キリスト教を公認すると同時に「絶対禁書」に指定された。

それは現在、ローマ法王庁
バチカン図書館の禁書庫で厳重に管理されており
ローマ法王の許可がなければ閲覧することはできない。

つまり、この書は
ユダヤ教・キリスト教の精神をことごとく否定する。

この件は、超重大な意味を持つ。
これは安易に見過ごす事はできないし
ありきたりの一過性情報として消費されるべきものでもない。

コンスタンティヌス帝から
テオドシウス帝(ローマ帝国末期の皇帝)の間に
キリスト教に何が起きたか。
けれども、その中で、もっとも重大な事は

第一、ローマ帝国とローマ・カトリックキリスト教会は
「ニケア信条(クレド)」を決定して
それに違反するものを殺戮した。

第二、キリスト教の聖職者・神学者、ヒエロニムスによって
「ラテン語版公式聖書」が編纂(へんさん)された。

第三、「エノク書」をはじめとする、異星人の介入
異星人こそ「神」の正体であることを証明する
あらゆる文献と文章を削除し、かつ禁書とした。

第四、プフェッテンバッハ伯爵が述べているように
「第6、第7モーセ書」を禁書とした。

以上、4点に集約出来るであろう。

「二ケア信条」とは、父なる神と
息子神イエスと聖霊のいわゆる「三位一体説」である。

二ケア(現在トルコ領)という都会で
キリスト教の公会議が開かれ
そこで決定されたので「二ケア信条」という。

この「三位一体説」に対する反対派の
最大なるものが、アリウス派である。

アリウスとアリウスの支持者たちは
人の子たるイエスが、天にまします父なる神
全知全能にして、宇宙万物の造物主(つくりぬし)
と同格の神性を有する、という説を認めることに頑強に抵抗した。

二ケア公会議後、アリウス派がどのように残虐に
ローマ教会と、ローマ帝国によって殺害されたか。

プフェッテンバッハ伯爵は、ロマノフ家
(ロシア帝国を統治していた帝室)から問題の
「第6、第7モーゼ書」を与えられ、それを解読した。

彼は、フィンランドにおいて、キリスト教神学関係の専門誌に
学術論文として発表しようとして、編集者と話し合った。

するとその編集者は、「第6、第7モーゼ書」という
見出しを見ただけで、ブルブルと震え出し
「私は何も見なかった……」
などと、意味不明の事を言いながら逃げ出してしまった、という。

西洋のキリスト教界(ユダヤ教もおそらく)では
その書の存在と、それが長い間、ローマ法王庁によって
絶対禁書とされている事実そのものは
ある程度、知られているのであろう。
従って、その事を口にすること、論じる事すらはばかれる。

こうして見ると、異星人の介入に関する禁忌(タブー)については
この百年来、かなり事情が異なってきた、という事実に私は気づいた。

その一つは、千数百年間禁書とされてきた「エノク書」が
19世紀末から20世紀初頭にかけて
相次いで「発見」され、英語に翻訳され
「学術本」として、一般公開されたことである。

(第一エノクは、エチオピアから
第二エノクはスラブ、第三エノクはヘブライ語)

ただし、「エノク書」は、コンスタンティヌス帝以降
キリスト教会の一般信者および神父聖職者の
ほとんど全部に対しては禁書であるが
キリスト教会内の秘密の中枢部に対しては、そうでない。

この秘密結社に加担した、ごく少数の
キリスト教会上層部にとっては、よく知られた常識であったという。

二つ目は、イルミナティ、三百人委員会の有力な謀略団体
かの有名な「神智学協会」である。

この「神智学協会」は、古代エジプトの神話
および宗教を復活公然化させた。

もちろんこれも、キリスト教会の極微(ごくび)の
中枢部結社員には、周知の常識であり続けたのであろう。

しかし、この種の知識の一部が「神智学協会」
その他の多彩なオカルト神秘主義組織を通じて
一般世間に公開され始めたのが19世紀後半~末のことである。

さらに重要な事実。
それは、ヨーロッパの「ユダヤ・キリスト教国」が
19世紀に入って、イスラム圏を勢力圏に収め
逐次(ちくじ)イスラムの主力オスマン・トルコ帝国の解体と
植民地化を進めてゆく。

それとともに、古代エジプト語の解読に基づく
「エジプト学」、次に19世紀末以降
西洋列強の主導下でのメソポタミアの考古学的発掘に着手。
かくして、膨大なシュメール語粘土板文書の収集解読に乗り出す。

やがて、闇の中に隠されていたシュメール文明が姿を現す。
そして「旧約聖書」、特にその「創世記」は、実は
「シュメール神話」シュメールの歴史からの借用、ないし
その盗作的偽造、最大限に甘く見ても
その圧縮された要約である、という結論が疑い得ない事実として
学問的に立証されるに至った。

この過程が、自然発生的で偶然の成り行きであるとは
到底考えられない。

英国の著述家デーヴィッド・アイク曰く

「古代エジプトの時代から5千年後
アメリカ・フリーメーソンの最高評議会総指揮官
(グランド・コマンダー)アルバート・パイクは
この秘密結社を、次のように説明するであろう。

世界の大部分には知らされない
そして、象徴、紋章、アレゴリー(寓意物語)
のかたちに保存された伝統の中断されることなき流れによって
代々、伝えられてきたところの偉大な哲学的宗教的真理の管理人。
というふうに。」

パイクは、イルミナティの最終目標
世界人間牧場の完成、達成のために
三つの世界大戦を計画演出する、と述べている。

米国フリーメーソン本部図書館に保管されている
パイク未公刊の原稿は膨大であり、そこには

古代アーリア人の信仰と崇拝
イラン系アーリア人の神学と教義
アーリアについての講義
「リグ・ヴェーダ」の翻訳

などが含まれる。
それにしても、なぜアーリア人なのか。

ヨーロッパ勢力は、中近東そしてインドをおおい
ヨーロッパの言語学者はそれらの地域の言語をも調査した。

すると、驚くべきことに、インドの公式言語としての
サンスクリット語は、ヨーロッパ学のすべての言語と
全く同系である事が発見された。

ここに、「インド=ヨーロッパ系言語」という学問的概念が生まれ
そしてこのいわゆる印欧語の祖型は数千年前に出現した
アーリア人の言語である、との学説が立てられた。

さらに、アーリア語のもっとも重要な古典は
古代インドの叙事詩「リグ・ヴェーダ」であるという事になった。

パイクが、アーリア問題の研究調査を
主題の一つとする十分な理由が存在する。

「我々ヨーロッパ人は、どれほど混血していようとも
すべて、アーリア人種である。
我々は、自然的本性においてアーリア人種であり
インド・ヨーロッパ人種であって、セム人種ではない。
ヨーロッパ系言語には、セム系言語は一切混入していない」

つまりここでは、パイクは、ヨーロッパ人は
アーリア人種であって、セム人種ではないという命題を強調する。

この問題は、一筋縄ではいかないであろう。

して見ると、ユダヤのセム主義、セム人種、セム系世界観と
パイクのいうアーリア的世界観とは
果たして、どのように折り合いをつけているのであろうか。

フリーメーソンの本体はユダヤであり
フリーメーソン会員は人工的ユダヤであるといわれる事もある。

ところが、世界のフリーメーソンの頂点に立つ
アルバート・パイクは、ユダヤ人でもないし
ユダヤ教徒でもない、セム系でなくて
自分たちはアーリア人である、という。

この矛盾は、ひどくこんがらかっていて
とても解けそうにない。

 

つづく

ハーフB どうせなら2種類食べたかったけど量が多かった
開店時の数十年前に行った時は値段が高いなと思っていたけど
今は、レトルトな味だなという感想
でも混んでいた。レトルト感なら安いサイゼでいいかも

 

 

 

 

 

 

 

この敷地内にあったのでおやつに寄った

 

 

 

 

 
チョココッペパン