2025年5月31日発行
↑より抜粋
私は、歴史研究家ウィリアム・ブラムリーの著作
「エデンの神々」によって
19世紀末から20世紀初頭の米国人
超常現象研究の先駆者チャールズ・ホイ・フォート
(1874ー1932)の存在を始めて知った。
フォートは
「地球、そして地球の原住民は
異星人によって所有され、支配されている。
地球人類は
この地球の主人としての異星人の家畜人間にすぎない。」
という仮説を立て
一生かかってそれを実証する資料を収集し
その成果を4冊の著作にまとめたという。
「私は思う、我々は何者かの財産(所有物)である、と。
私はあえて言う、我々は何者かに所属している、と。
昔々、大昔、地球が無主の地であった頃
別の世界の者たちが探検にやって来て
地球を植民地にした。
そして、この猥物の所有をめぐって、彼ら同士で戦った。
しかし、今や地球は、何者かによって所有されているのだ、と。」
西洋文明世界で、太古から現在まで
異星人による地球支配が貫徹されてきた
とする仮説を、あえて公然と提起した人物が
フォート以前に登場したことがあるのかどうか
私は知らない。
このフォートの仮説を採るとしよう。
その場合、たちどころに2つの問題が設定される。
第一、我々を所有している主人は誰か。
第二、我々が、地球を所有管理支配している
ご主人様にとっての家畜人間であるとしたら
我々はその運命を甘んじて受け入れるべきか
それとも、この運命の檻から脱走しようとするのか否(いな)か。
異星人が
我々地球人類のご主人様であるという説が本当だとしたら
ご主人様たる異星人の陣営に参加して
その支配力を強め、地球原人をより完全な
家畜人間・ロボット人間に仕上げられてゆく
戦争の兵隊の一員として活動するか。
または
地球原人の自由と解放の立場に立ち
異星人の正体を恐れる事なく暴露し
地球人類の自覚を促(うなが)すべく行動する。
というふうに分かれるであろう。
このように見てくると
「エデンの神々」を著したブラムリーは
文句なしに、後者に属する著述家である。
ある日、ブラムリー少年は、戦争の残酷さ
戦争の被害を受ける人々の悲惨なありさまを示す
テレビの場面を見て、衝撃を受けた。
その時彼は
「人間は何故、こんなむごたらしい戦争を続けるのか。
人間は、人間同士の殺し合いを止める事は出来ないのか。
なぜ人間は戦争をするのか」
という疑問を心に抱いた。
長じてから生物学者となり、いよいよ1979年
人類にとっての戦争の起源を突き止めるための調査を開始した。
思いもかけない事に、ブラムリーはそこに
異星人の介入という、決定的究極的原因を見出した、という。
つまり、異星人が地球原人を効率的に操作するために
手段として、人間同士の大規模な殺し合い
すなわち戦争を煽動し、演出し、助長しているのだ
との結論である。
しかも、彼ら異星人は
果てしなく、永久に続くこの戦争による
人間殺し合い皆殺し大量殺戮
(ジェノサイドホロコースト)を確実ならしめるために
宗教というイデオロギー信念信仰装置を発明したという。
実は、アダムとイブの一件は
ホモサピエンス(人類の祖先)が
奴隷状態から逃亡するために、必要とされる知識を得ようと
企(くわだ)てた物語であるという。
さらに、BC7世紀に、もう一つの別な企てがなされた。
インドにおいて
アーリア的システムに挑戦する人民大衆を
巻き込む非暴力的運動が発生した。
この運動は、監視者的宗教を
奴隷人間の精神的自由をもたらすような
実際的方法によって置き換えるべく
人々によって考案された数少ない
重要性のある企画のうちの一つであった。
これが、釈迦を開祖とする仏教である。
ブラムリーは、独立独歩自由人の宗教の
最大なるものとして登場した仏教が
やがて監視者による監獄宗教の巻き返しによって
変貌し、墜落してゆくありさまを描写している。
かくして、地球上に現実に存在する宗教は
監視者の宗教と、独立自由人の宗教と
2つの全く異質な要素が、種々な程度に
混合したものとなってゆく、と述べている。
南アフリカ、ズールー族の伝説によれば
昔昔大昔、空からトカゲのようなかたちをした人種が降りて来た。
そして、このトカゲ人種が地球の人間と結婚して
生まれた人々の子孫が、自分たちズールー族であるという。
シャーマン、クレド・ムトワは
「空からやって来た、この高度文明の介入の結果
人々の間に対立と争いが持ち込まれた。
そして、その争いは必然的に人間同士の殺し合い
いつ果てるともない戦争に発展した。」
という。
黒人アフリカは未開、野蛮、野生の
代名詞のように見なされてきた。
ところが、そうではなかったようなのだ。
何万年、ひょっとしたら10万、20万年も昔から
アフリカの黒人は、高度文明異星人の
侵入侵襲を受けた、犠牲者であったのかも知れない。
けれども、これは大昔の事件であって
その伝説によれば、シリウス系高度文明異星人は
地球を離れて故郷の星に引き揚げたという。
ドゴン族は
黒人アフリカ全大陸では孤立した一点にすぎず
しかもその起源は、エジプトに求められ
あの大ピラミッドを建設した大文明の地
エジプトから西アフリカに流れ着いたのだと説明される。
(ロバート・テンプルによれば)
ズールー族の老シャーマンが
まさに1999年の現在、この地球上の全人類の前に出現して
公然と極秘の真実を証言し、暴露しはじめたという事実は
実に驚くべき奇跡である。
「人類は、今日に至るまで
未だかつて、いかなる本物の進歩をも知らなかった。
なぜなら、我々に人類が宇宙の中での
我々の正当な地位に達することを
阻止する努力が存在したからである。
それは、チタウリであり、マンティンデンであり
天空に住む者を意味する、ミジムである。
我々は、これらの生き物を
超自然的存在と見なす事を止めなければならない。
彼らは、我々が彼らを必要とする以上に
我々を必要とする寄生物であるにすぎない。」
ムトワの言明は、少なくとも私個人についていえば
非常に深く納得させられるのみならず
西洋という真っ暗な闇黒(あんこく)世界を
照らす光のように感じられる。
彼らは寄生生物(パラサイト)であるという。
彼らは何に寄生するのか。
彼らは、地球原住民たる我々人類に寄生するのみならず
地球そのもの、地球生物全体社会に対して寄生しているのである。
その「彼ら」とは何者か。
それこそ、西洋世界が神や神々と呼んでいるしろものであった。
人類は、今日に至るまで、未だかつてない
本物の進歩をも知らなかったと、ムトワは断言する。
しかし、2千数百年前までの
日本列島縄文人の文明には、上の定義はあてはまらない。
我々日本民族の祖先日本原住民は、奇跡的にも
純粋地球原住民生え抜きの文明の建設に向って
「本物の進歩」を達成した。
従って、幸運にも監視者的異星人の監獄宗教とも
その精神の牢獄から脱走、逃亡、解放されるための
独立独学自由人の宗教なるものとも、無縁であることが出来た。
それでは、この寄生者的異星人の毒は日本列島に
どのようにして、どのような経路をたどって
侵入し、侵略し、侵襲してきたのであろうか。
「監視者的神々と、秘密結社が
活動を古代の中東とエジプトに限定していたとするならば
その他の地域に住む人類の歴史は
全く異なったものとなっていたであろう。
しかし、実際はそうはならなかった。
秘密結社の組織網は、攻撃的な布教と武力的征服によって
全東半球に向って拡大され、インドが彼らの標的の一つとされた。」
と、ブラムリーは「エデンの神々」で述べている。
彼らにとって、西はギリシャから始まる。
ギリシャが西と東の境界線である。
ギリシャのすぐ東はトルコ、これは近東であろう。
その東隣りが、メソポタミア、現在のイラク
そして、シリア、レバノン、パレスチナ、ヨルダン
イラン(ペルシャ)これが中東。
しかし、アラビア半島は中東に入るのか。
その先のインド、そして中国大陸はどうなのか。
異星人は、中東とエジプトに彼らの根拠地を確立した。
クルド・ムトワが証言したように
異星人は黒人アフリカにも、支配の手を伸ばしていた。
しかし、一挙に完全占領するには
アフリカ大陸は、あまりにも広大すぎる。
ゼカリア・シッチンは
異星人はもっぱら金(ゴールド)を求めて
中米(メキシコ・マヤ)と南米を訪れた説を論証した。
「BC2千年頃、アーリア民族の西北インド侵入開始」
と、「世界史重要年表」に記されているから
この年代は、西洋と日本の関係学会の定説なのであろう。
しかし、ブラムリーは、BC1500年
エジプトのトトメス3世の時代からBC1200年
モーゼの時代にかけて、インド西大陸は
アーリア民族として知られる人種によって侵略された
と「エデンの神々」に記している。
アイクは、BC1550年頃
コーカサス地帯に発したアーリア民族がインド北西部
インダス川渓谷(けいこく)地帯に侵入しはじめた、との
現代西洋歴史学の公認の説を「大いなる秘密」で紹介している。
この食い違いは気になるところだ。
ユダヤ人学者
ゼカリア・シッチンの「地球年代記」には
異星人アヌンナキとの関連において、アーリア人種
アーリア民族の存在がほとんど全く、言及されていない。
アーリア人種は、現代の西洋社会では
「セム系にあらざる白人種で、言語学的には
インド・ヨーロッパ系言語に属する」と定義される。
ブラムリーは
「アーリア人とは、せいぜいのところ
監視者的異星人によって作られた上級奴隷
(召し使い)に過ぎない。」
と述べている。
アイクもほぼ同じ見方を示している。
いずれにしても、異星人によって
上級奴隷人種として飼育、育種された
アーリア白人は、ペルシャ(イラン)に侵入し
次にインド侵略を開始する。
アーリア侵入後の
インドに形成されたカースト制度は明治以後
日本人にもある程度、広く知られるようになった。
結婚は同一カースト内部を原則とする。
カーストは世襲である。
下位カースト民が、イスラムに改宗することがあっても
今日に至るまで、その個々人の生来のカーストは
消滅しないようである。
釈迦とその教団は
アーリア人を頂点とする、このカースト制度に挑戦して
インドの民衆を、このカーストの檻から脱走逃亡させ
自由な人間として解放させるはずであった。
しかし、インドではこの試みは挫折した。
釈迦の没後約一千年で、仏教教団は
インドのカースト制度の中に組み込まれ、やがて死滅する。
仏教は、チベットから中国、朝鮮、日本へ(北伝)
セイロン(現在のスリランカ)、ビルマ、タイへ(南伝)
そしてごく小さな流れは、西へ向かうが
これは間もなく、完全に消えた。
つづく













