選民思想はカルト教 | 天然記録

 

2025年5月31日発行

 

↑より抜粋

 

「永遠の審判」というおぞましい見世物

歴史家エドワード・ギボン著
「ローマ帝国衰亡史」に次の一文がある。

「キリストの誕生または死去の後に
執拗に悪魔どもの礼拝を固守した人々は
神の激怒の審判から免除される資格もなければ
見込みもないと、原始キリスト教会の万人一致で断定した。」

ここのところを、我々日本人は熟読して
よく記憶する必要がある。

さらに、こう続く。

「汝らは見世物を愛好する
すべての見物の中で、もっとも偉大なもの
すなわち宇宙の最後の永遠の審判を待ち望むがよい。

幾百千年の驕慢(きょうまん)なる君主帝王と
思いあがった神々とが、暗黒な無間の奈落に呻吟(しんぎん)し
主の名を迫害した幾百千の司政長官らが
キリスト教徒に対して、かつて彼らが燃やした火よりも
さらに一層強大な猛火の中に溶け去り

幾百千の賢明な哲学者らがその瞞着(まんちゃく)された
学徒とともに、炎の中に赤熟し、幾百千の名声赫々(かくかく)たる
詩人らがミノスならぬキリストの審判の座に身ぶるいし

幾百年の悲劇役者が、かれら自身の苦痛の表情に
最大の伎両(ぎりょう)を発揮し幾百千の舞妓が
このような光景を自分が目撃する時
自分の賞賛はどんなであろう、自分の笑いはどうであろう
自分の歓喜は、自分の欣喜雀躍(きんきじゃくやく)は……」

 

すべての見世物の中で、もっとも偉大なもの
すなわち宇宙の最後の永遠の審判、という。

「最後の審判」であるのみならず「永遠の審判」という
もっとも偉大なる見世物。

キリスト教の出現以後も、キリストを信じることを拒否し
悪魔の礼拝に固執した者たちを、神は激しく怒り
これらの者を地獄に監禁して永遠の責め苦を与えるという。

このように、恐ろしい最後の審判を主宰するのは誰か。
それは「神」であり、同時に「キリスト」であるという。
もちろんこの「神」は英語では「God」

その本来の意味は、唯一絶対至上全知全能
宇宙の万物を創造した「造物主(つくりぬし)」であるという。

そして何と、キリスト教会の二ケア公会議で決定された
いわゆる二ケア信条によれば、この唯一絶対の「造物主」を
父なる神とし、そのたったひとりの息子たるイエス・キリストもまた
全知全能にして天地の造物主(ザ・クリエイター)であると信じる。

このお方だけを、自分の救い主として
受け入れる者を「キリスト教徒」と呼ぶ。

イエスを信じるキリスト教徒は、最後の審判の時
異端者、異教徒、不信者が強大な猛火の中で
赤熱(せきねつ)し、溶け去るありさま(見世物)を
特等の観覧席で、心ゆくまで見物することが出来る。

「ああ、何と幸福なことか!」という。

ここには、キリスト教とキリスト教会と称するしろものの
本音と本質が、赤裸々に、率直に、全的に
何の遠慮もなく吐露されている。

「聖書」は人類を滅亡に導くための計画書

終末の時、「イエスを信じる者は救われる」という。
それは本当か?

「第6、第7モーゼ書」の中味は次のように要約される。

1・神とは自然法則である。

2・神には2つの位相(いそう)がある。

3・すなわち、一つは「白い神」。自然の摂理。人間はそれに従属する。

4・もう一つは「黒い神」。これは人間の欲望に従属する神。

5・「白い神」は、人間の文明の発達を欲しない。
なぜなら、人類文明の発達は、自然支配の強化となるからである。
かくして「白い神」は、人類絶滅を計画するに至る。

6・これに反して、「黒い神」は
人間に文明を与え、人類の自然征服を援助する。

7・人類にとって理想的な国家指導体制は
一般大衆には「白い神」を信じさせ、国家エリートは
「黒い神」を召喚(しょうかん)して使役(しえき)する。
そして、モーゼの時代に、このかたちは
萌芽(ほうが)的に出現したものの、モーゼのあと断絶した。

8・人類が「白い神」の計画または、陰謀謀略によって
絶滅させられようとしている現在、モーゼのかつての水準を取り戻し
「黒い神」の力を使って、人間の自然征服を徹底させる他ない、と。

この第6,7モーゼ書が現在、西洋欧米社会で発行禁止処分
厳重な禁書扱いとされる、との事実は、とりあえずまず興味深い。

在来のユダヤ教、キリスト教の神学理論体系では(おそらくイスラムも)
「黒い神」は、疑いもなく、悪魔、サタン、ルシファーに照応する。
この「黒い神」を召喚して、人間の欲望を満足させるために利用し
使役する、という行為。

これは、まぎれもなく、キリスト教会の公式教義の文脈では
悪魔主義の実践以外の何ものでもない。

禁書とされてきた「モーゼ書」は
「神を常に、下位神の立場へと追い込め」と忠告している。

自然を完全に支配し、我々を、あるいは我々の文明を
「神聖にして侵(おか)すべからざる」存在にしろと教えている。

それを可能にする法術こそが「召喚神術」なのである。
アブラハムからモーゼに至るユダヤ人の歴史は
神を召喚し、これを支配するに至るまでのプロセスであった。
と記しているという。

下位神とは「黒い神」とも呼ばれ、その正体は
人類文明によって統御(とうぎょ)され、支配され
人間の奴隷とされた自然法則である、という。

「黒い神」すなわち、下位神
および自然界を完全に人類の統制下に置くことの出来る者
それこそ人類が必要とする真の救世主であるが
その救世主とは実は「ヨハネの黙示録」では
獣(けもの)と呼ばれる忌まわしき存在
すなわち反キリストである、とも述べている。

人類は「白い神」によって絶滅させられようとしている。
なぜなら、自然界は人類文明の発達と相容れないからである。
「自然法則」は、人類を破滅させて、この地上から一掃するように働く。

「もしも、「自然の法則が絶対的な力を持って
異分子たる人類を滅ぼそうとするなら
逆に人類は、自然の法則を追い落としてしまえばよい。

人類が万物(ばんぶつ)に君臨する「神」になればいい。

神によって滅ぼされるか、滅亡したくなければ
今こそ我々は立ち上がり、神々を我々の前に
平伏させなければならないのではないか。」
(モーゼ書)

これは、俗耳(ぞくじ)には分かりやすい構図だ。

自然=白い神⇒人類を滅亡させるべく着々と行動しつつある。

人類は自然(白い神)に滅ぼされるか
人類が神(自然)を打ちのめし
神を人間に平伏(へいふく)させ、神を人間の奴隷
(つまり黒い神)となし、人間自身が
万物に君臨する神となるか、2つに1つ、と整理できる。

「第6、第7モーゼ書」は
西暦313年、ローマ皇帝コンスタンティヌスが
キリスト教を公認すると同時に「絶対禁書」に指定された。

それは現在、ローマ法王庁
バチカン図書館の禁書庫で厳重に管理されており
ローマ法王の許可がなければ閲覧することはできない。

つまり、この書は
ユダヤ教・キリスト教の精神をことごとく否定する。

この件は、超重大な意味を持つ。
これは安易に見過ごす事はできないし
ありきたりの一過性情報として消費されるべきものでもない。

コンスタンティヌス帝から
テオドシウス帝(ローマ帝国末期の皇帝)の間に
キリスト教に何が起きたか。
けれども、その中で、もっとも重大な事は

第一、ローマ帝国とローマ・カトリックキリスト教会は
「ニケア信条(クレド)」を決定して
それに違反するものを殺戮した。

第二、キリスト教の聖職者・神学者、ヒエロニムスによって
「ラテン語版公式聖書」が編纂(へんさん)された。

第三、「エノク書」をはじめとする、異星人の介入
異星人こそ「神」の正体であることを証明する
あらゆる文献と文章を削除し、かつ禁書とした。

第四、プフェッテンバッハ伯爵が述べているように
「第6、第7モーセ書」を禁書とした。

以上、4点に集約出来るであろう。

「二ケア信条」とは、父なる神と
息子神イエスと聖霊のいわゆる「三位一体説」である。

二ケア(現在トルコ領)という都会で
キリスト教の公会議が開かれ
そこで決定されたので「二ケア信条」という。

この「三位一体説」に対する反対派の
最大なるものが、アリウス派である。

アリウスとアリウスの支持者たちは
人の子たるイエスが、天にまします父なる神
全知全能にして、宇宙万物の造物主(つくりぬし)
と同格の神性を有する、という説を認めることに頑強に抵抗した。

二ケア公会議後、アリウス派がどのように残虐に
ローマ教会と、ローマ帝国によって殺害されたか。

プフェッテンバッハ伯爵は、ロマノフ家
(ロシア帝国を統治していた帝室)から問題の
「第6、第7モーゼ書」を与えられ、それを解読した。

彼は、フィンランドにおいて、キリスト教神学関係の専門誌に
学術論文として発表しようとして、編集者と話し合った。

するとその編集者は、「第6、第7モーゼ書」という
見出しを見ただけで、ブルブルと震え出し
「私は何も見なかった……」
などと、意味不明の事を言いながら逃げ出してしまった、という。

西洋のキリスト教界(ユダヤ教もおそらく)では
その書の存在と、それが長い間、ローマ法王庁によって
絶対禁書とされている事実そのものは
ある程度、知られているのであろう。
従って、その事を口にすること、論じる事すらはばかれる。

こうして見ると、異星人の介入に関する禁忌(タブー)については
この百年来、かなり事情が異なってきた、という事実に私は気づいた。

その一つは、千数百年間禁書とされてきた「エノク書」が
19世紀末から20世紀初頭にかけて
相次いで「発見」され、英語に翻訳され
「学術本」として、一般公開されたことである。

(第一エノクは、エチオピアから
第二エノクはスラブ、第三エノクはヘブライ語)

ただし、「エノク書」は、コンスタンティヌス帝以降
キリスト教会の一般信者および神父聖職者の
ほとんど全部に対しては禁書であるが
キリスト教会内の秘密の中枢部に対しては、そうでない。

この秘密結社に加担した、ごく少数の
キリスト教会上層部にとっては、よく知られた常識であったという。

二つ目は、イルミナティ、三百人委員会の有力な謀略団体
かの有名な「神智学協会」である。

この「神智学協会」は、古代エジプトの神話
および宗教を復活公然化させた。

もちろんこれも、キリスト教会の極微(ごくび)の
中枢部結社員には、周知の常識であり続けたのであろう。

しかし、この種の知識の一部が「神智学協会」
その他の多彩なオカルト神秘主義組織を通じて
一般世間に公開され始めたのが19世紀後半~末のことである。

さらに重要な事実。
それは、ヨーロッパの「ユダヤ・キリスト教国」が
19世紀に入って、イスラム圏を勢力圏に収め
逐次(ちくじ)イスラムの主力オスマン・トルコ帝国の解体と
植民地化を進めてゆく。

それとともに、古代エジプト語の解読に基づく
「エジプト学」、次に19世紀末以降
西洋列強の主導下でのメソポタミアの考古学的発掘に着手。
かくして、膨大なシュメール語粘土板文書の収集解読に乗り出す。

やがて、闇の中に隠されていたシュメール文明が姿を現す。
そして「旧約聖書」、特にその「創世記」は、実は
「シュメール神話」シュメールの歴史からの借用、ないし
その盗作的偽造、最大限に甘く見ても
その圧縮された要約である、という結論が疑い得ない事実として
学問的に立証されるに至った。

この過程が、自然発生的で偶然の成り行きであるとは
到底考えられない。

英国の著述家デーヴィッド・アイク曰く

「古代エジプトの時代から5千年後
アメリカ・フリーメーソンの最高評議会総指揮官
(グランド・コマンダー)アルバート・パイクは
この秘密結社を、次のように説明するであろう。

世界の大部分には知らされない
そして、象徴、紋章、アレゴリー(寓意物語)
のかたちに保存された伝統の中断されることなき流れによって
代々、伝えられてきたところの偉大な哲学的宗教的真理の管理人。
というふうに。」

パイクは、イルミナティの最終目標
世界人間牧場の完成、達成のために
三つの世界大戦を計画演出する、と述べている。

米国フリーメーソン本部図書館に保管されている
パイク未公刊の原稿は膨大であり、そこには

古代アーリア人の信仰と崇拝
イラン系アーリア人の神学と教義
アーリアについての講義
「リグ・ヴェーダ」の翻訳

などが含まれる。
それにしても、なぜアーリア人なのか。

ヨーロッパ勢力は、中近東そしてインドをおおい
ヨーロッパの言語学者はそれらの地域の言語をも調査した。

すると、驚くべきことに、インドの公式言語としての
サンスクリット語は、ヨーロッパ学のすべての言語と
全く同系である事が発見された。

ここに、「インド=ヨーロッパ系言語」という学問的概念が生まれ
そしてこのいわゆる印欧語の祖型は数千年前に出現した
アーリア人の言語である、との学説が立てられた。

さらに、アーリア語のもっとも重要な古典は
古代インドの叙事詩「リグ・ヴェーダ」であるという事になった。

パイクが、アーリア問題の研究調査を
主題の一つとする十分な理由が存在する。

「我々ヨーロッパ人は、どれほど混血していようとも
すべて、アーリア人種である。
我々は、自然的本性においてアーリア人種であり
インド・ヨーロッパ人種であって、セム人種ではない。
ヨーロッパ系言語には、セム系言語は一切混入していない」

つまりここでは、パイクは、ヨーロッパ人は
アーリア人種であって、セム人種ではないという命題を強調する。

この問題は、一筋縄ではいかないであろう。

して見ると、ユダヤのセム主義、セム人種、セム系世界観と
パイクのいうアーリア的世界観とは
果たして、どのように折り合いをつけているのであろうか。

フリーメーソンの本体はユダヤであり
フリーメーソン会員は人工的ユダヤであるといわれる事もある。

ところが、世界のフリーメーソンの頂点に立つ
アルバート・パイクは、ユダヤ人でもないし
ユダヤ教徒でもない、セム系でなくて
自分たちはアーリア人である、という。

この矛盾は、ひどくこんがらかっていて
とても解けそうにない。

 

つづく