辛い体験談を知ると自分の辛さが薄れる | 天然記録

けど、励ますつもりで

他の人はもっと辛い思いをしているから頑張れとか

そうなったのは自分の行いのせいだと、辛い人には言ってはいけない

自分が辛い思いを分かってほしくて言った時

一緒に怒ってくれれば気分も少しは落ち着くけど

逆に否定されたら、余計怒るし落ち込ませるだけ

本当に我儘な人もいるので愚痴の内容をよく聞いてからの話だけど

 

みずからユダヤ人としてアウシュヴィッツに囚われ

奇蹟的に生還した著者の「強制収容所における一心理学者の体験」

 

1946年刊行

 

「みずから」が気になり

これもアンネの日記のように創作なのかと疑ってしまうけど

↓抜粋


生存競争の中で良心を失い
暴力も仲間から物を盗むことも平気になってしまった
そういう者だけが命をつなぐ事ができた。
とにかく生きて帰った私たちは、皆その事を知っている。
私たちはためらわずに言う事ができる。
良い人は帰ってこなかった、と。

医学者として、とにかくあることを学んだ。
教科書は嘘八百だ、ということを。
たとえば、丸裸でシャワーを浴びたためにまだずぶ濡れで
晩秋の寒さの中、戸外に立たされることの結末はいかに。
だれひとり、鼻風邪ひとつひいていない。
人間は睡眠をとらなければ
何時間だか以上はもちこたえられない。
まったくのでたらめだ。
私も、あれこれのことはできないとか
させられてはならないとか、思い込んでいた。

人間にはなんでも可能だというこの驚きを
あといくつか挙げておこう。

収容所暮らしでは、一度も歯を磨かず
そして明らかにビタミンは極度に不足していたのに
歯茎は以前の栄養状態の良かった頃より健康だった。

何日も体の一部なりを洗うこともままならず
傷だらけの手は土木作業のために汚れていたのに
傷口は化膿しなかった。

あるいは
以前は隣の部屋でかすかな物音がしても
目を覚まし、そうなるともう寝つけなかった人が
仲間とぎゅう詰めになり
耳元で盛大のいびきを聞かせられても
横になったとたんにぐっすりと寝入ってしまった。

人間は何事にも慣れる存在だ。
と定義したドストエフスキーが
いかに正しかったかを思わずにいられない。
わたしは、本当だ、どこまでも可能だ、と答えるだろう。
だが、どのように、とは問わないでほしい……。

また一方でアウシュビッツでは
収容ショック状態にとどまっている被収容者は
死をまったく恐れなかった。
収容されて数日で
ガス室はおぞましいものでもなんでもなくなった。
それはただ自殺する手間を省いてくれるもの
としか映らなくなるのだ。

こうして
正常な感情の動きはどんどん息の根を止められていった。
非収容者は点呼整列させられ
ほかのグループの懲罰訓練を見せられると
はじめのうちは目をそらした。
サディスティックに痛めつけられる人間が
こん棒で殴られながら、決められた歩調を強いられて
何時間も糞尿の中を行ったり来たりする仲間が
まだ見るに耐えないのだ。
数日あるいは数週間もたつと、目をそらしたりしない。
無関心に、何も感じずに眺めていられる。
心のさざ波ひとつ立てずに。

苦しむ人間、病人、瀕死の人間、死者。
これらはすべて
数週間を収容所で生きた者には
見慣れた光景になってしまい
心が麻痺してしまったのだ。

仲間がひとりまたひとりと
まだあたたかい死体にわらわらと近づいた。
ひとりは、昼食の残りの泥だらけのじゃがいもをせしめた。
もうひとりは
死体の木靴が自分のよりましなことをたしかめて交換した。
3人目は、同じように死者と上着を取り替えた。
4人目は、本物の紐(ひも)を手に入れて喜んだ。

感情の消滅や鈍磨、内面の冷淡さと無関心。
これら、被収容者の心理的反応の
第二段階の徴候は、ほどなく毎日毎時
殴られることに対しても何も感じなくさせた。
この不感無覚は被収容者の心をとっさに囲う
なくてはならない盾なのだ。
なぜなら、収容所ではとにかくよく殴られたからだ。
まるで理由にならないことで
あるいはまったく理由もなく。

殴られることの何が苦痛だと言って
殴られながら、あざけられることだった。

このような精神的に追いつめられた状態で
露骨に生命の維持に集中せざるをえないという
ストレスのもとにあっては
精神生活全般が
幼稚なレベルに落ち込むのも無理はないだろう。

被収容者は、生きしのぐこと以外を
とてつもない贅沢とするしかなかった。
あらゆる精神的な問題は影をひそめ
あらゆる高次の関心は引っこんだ。
文化の冬眠が収容所を支配した。

さもありなんというこうした現象にも
ふたつだけ例外があった。
ひとつは政治への関心。
もうひとつは、意外なことに、宗教への関心だ。

政治はいつでもどこでも関心の的だった。
人々は熱心に、戦況がどうなっているかなど
伝わってくる噂を仕入れてはまた流した。
楽観的な噂は
もうすぐ戦争が終わるという希望をもたらし
希望は何度も何度も失望に終わったために
感じやすい人々は救いがたい絶望の淵に沈んだ。
往々にして、仲間うちでも根っから楽天的な人ほど
こういうことが神経にこたえた。

被収容者が宗教への関心に目覚めると
それはのっけからきわめて深く
新入りの被収容者は
その宗教的感性のみずみずしさや
深さに心うたれないではいられなかった。

強制収容所に入れられた人間は
その外見だけでなく
内面生活も未熟な段階にひきずり下ろされたが
ほんの一握りではあるにせよ、内面的に深まる人々もいた。
そうした人々には、おぞましい世界から遠ざかり
精神の自由の国、豊かな内面へと立ち戻る道が開けていた。
繊細な被収容者の方が、粗野な人々よりも
収容所生活によく耐えたという逆説は
ここからしか説明できない。

そして私は知り、学んだのだ。
愛は生身の人間の存在とはほとんど関係なく
愛する妻の精神的な存在
つまり、哲学者のいう
「本質」に深くかかわっている
ということを。

愛する妻の「現存」
わたしとともにあること
肉体が存在すること、生きてあることは
まったく問題の外なのだ。
愛する妻がまだ生きているのか
あるいはもう生きていないのか
まるでわからなかった。
知るすべがなかった。

だが、そんなことは、なぜかどうでもよかった。
それは一向に、私の愛の、愛する妻への思い
愛する妻の姿を心の中に見つめることの妨げにはならなかった。

もし、妻はとっくに死んでいると知っていたとしても
かまわず心の中でひたすら愛する妻を見つめていただろう。
心の中で会話することに、同じように熱心だったろうし
それにより同じように満たされたことだろう。

一心不乱に想像を駆使して
繰り返し過去の経験に立ち返るのだ。
たいした体験ではない。
過去の生活のありふれた体験や
ごく些細なできごとを繰り返しなぞるのだ。
そして、そういう思い出は
被収容者の心を晴れやかにするというよりは
悲哀で満たした。

自分を取り巻く現実から目をそむけ
過去に目を向ける時
内面の生は独特の徴(しるし)を帯びた。
世界も今現在の生活も背後にしりぞいた。
心は憧れにのって過去へと帰っていった。

被収容者の内面が深まると、たまに
芸術や自然に接することが強烈な経験となった。
この経験は、世界や心底恐怖すべき状況を
忘れさせてあまりあるほど圧倒的だった。

強制収容所ではたいていの人が
今に見ていろ、私の真価を発揮できる時がくると信じていた。

けれども現実には
人間の真価は収容所生活でこそ発揮されたのだ。
おびただしい被収容者のように無気力に
その日その日をやり過ごしたか
あるいは
ごく少数の人々のように内面的な勝利を勝ち得たか
ということに。

したがって
収容所生活が被収容者にもたらす
精神病理学的症状に
心理療法や精神衛生の立場から対処するには
強制収容所にいる人間に
そこが強制収容所であってもなお
なんとか未来に
未来の目的に再び目を向けさせることに意を用い
精神的に励ますことが有力な手立てとなる。

人は未来を見すえてはじめて
いうなれば、永遠の相のもとにのみ存在しうる。
これは人間ならではのことだ。
したがって、存在が困難を極める現在にあって
人は何度となく未来を見すえることに逃げ込んだ。
これがトリックという形をとることも多かった。

来る日も来る日も、そして時々刻々
思考のすべてを挙げて
こんな問いにさいなまれねばならない
というむごたらしい重圧に
私はとっくに反吐が出そうになっていた。
そこで私はトリックを弄(ろう)した。

突然、私はこうこうと明かりが灯り
暖房の効いた豪華な大ホールの演台に立っていた。
私の前には
坐り心地のいいシートにおさまって
熱心に耳を傾ける聴衆。
そして、わたしは語るのだ。
講演のテーマは、なんと、強制収容所の心理学。
今私をこれほど苦しめうちひしいでいるすべては
客観化され、学問という一段階高い所から観察され
描写される……このトリックのおかげで
私はこの状況に
現在とその苦しみにどこか超然としていられ
それらをまるでもう過去のもののように見なすことができ
私を私の苦しみ共々、私自身が行なう興味深い
心理学研究の対象とすることができたのだ。

ここで必要なのは
生きる意味についての問いを
180度方向転換することだ。
私たちが生きることから何を期待するかではなく
むしろひたすら、生きることが私たちから
何を期待しているかが問題なのだ
ということを学び、絶望している人間に伝えねばならない。

哲学用語を使えば
コペルニクス的転回が必要なのであり
もういいかげん
生きることの意味を問うことをやめ
私たち自身が問いの前に立っていることを
思い知るべきなのだ。

生きることは日々
そして時々刻々、問いかけてくる。
私たちはその問いに応えを迫られている。
考え込んだり言辞(げんじ)を
弄(ろう)することによってではなく
ひとえに行動によって、適切な態度によって
正しい答えは出される。

生きるとはつまり
生きることの問いに正しく答える義務
生きることが各人に課す課題を果たす義務
時々刻々の要請を充たす義務を
引き受けることにほかならない。

具体的な運命が人を苦しめるなら
人はこの苦しみを責務と
たった一度だけ課される
責務としなければならないだろう。
人間は苦しみと向き合い
この苦しみに満ちた運命とともに
全宇宙にたった一度
そしてふたつとないあり方で
存在しているのだという意識にまで
到達しなければならない。

誰もその人から苦しみを取り除くことはできない。
誰もその人の身代わりになって
苦しみをとことん苦しむことはできない。
この運命を引き当てたその人自身が
この苦しみを引き受けることに
二つとない何かをなしとげる
たった一度の可能性はあるのだ。

私たちにとって生きる意味とは
死もまた含む
全体としての生きることの意味であって
「生きること」の意味だけに限定されない
苦しむことと死ぬことの意味にも裏づけされた
総体的な生きることの意味だった。
この意味を求めて、私たちはもがいていた。

苦しむことの意味が明らかになると
私たちは収容所生活に横溢(おういつ)
していた苦しみを「抑圧」したり
安手のぎこちない楽観によって
ごまかすことで軽視し、高をくくることを拒否した。

私たちにとって
苦しむことは何かをなしとげる
という性格を帯びていた。
涙を恥じることはない。
苦しむ勇気をもっていることの証だからだ。
しかし、このことをわかっている人はごく少なく
号泣したことがあると折りにふれて告白する時
人は決まってばつが悪そうなのだ。

この世にはふたつの人間の種族がいる。
いや、ふたつの種族しかいない。
まともな人間と、まともではない人間と
ということを。

このふたつの「種族」はどこにでもいる。
どんな集団にも入り込み、紛れこんでいる。
まともな人間だけの集団も
まともではない人間だけの集団もない。
したがって、どんな集団も「純血」ではない。
監視者の中にも、まともな人間はいたのだから。

強制収容所の生活が人間の心の奥深い所に
ぽっかりと深淵(しんえん)を開いたことは疑いない。

人間とは、人間とは何かをつねに決定する存在だ。
人間とは、ガス室を発明した存在だ。
しかし同時に
ガス室に入っても毅然(きぜん)として
祈りの言葉を口にする存在でもあるのだ。

精神的な抑圧から急に解放された人間を
脅(おびや)かす心の変形
人格を損ない、傷つけ
ゆがめる恐れのある深刻な体験がある。

不満の原因は、収容所を解放された者が
元の生活圏で世間と接触して引き起こされる
様々な事である。

ふるさとに帰ってきて気づくのは
そこかしこで会う人たちが
せいぜい肩をすくめるか
おざなりの言葉をかけてくるかだ
ということだ。
すると、彼らの不満は膨れ上がり
いったい何のために自分はあのすべてを耐え忍んだのだ
という懐疑に悩まされることになる。

どこに行っても
「なんにも知らなかったもんで…」とか
「こっちも大変だったんですよ」
とかの決まり文句を聞かされると
自分に向かってそんなことしか言えないのか
と考え込んでしまうのだ。

すなわち
自分は考えられるかぎりの苦悩のどん底に
達したと何年もの間信じていた人間が
今や苦悩は底無しで
ここがもっとも深いということはないのだと
そしてもっともっと深く
もっともっと落ちていくことがありうるのだ
と見定めてしまうのだ。

収容所で唯一の心の支えにしていた
愛する人がもういない人間は哀れだ。
夢にみて憧れの涙をさんざん流したあの瞬間が
今や現実になったのに、思い描いていたのとは違っていた。
私たちを支え
私たちの苦悩と犠牲と死に意味を与えることができるのは
幸せではなかった。
にもかかわらず
不幸せへの心構えはほとんどできていなかった。

ふるさとに戻った人々のすべての経験は
あれほど苦悩した後では、もはやこの世には
神より他に恐れるものはないという
高い代償であがなった感慨によって完成するのだ。




 

2013年8月25日発行


↑より以下抜粋

「人間は常に人生から問いかけられている」
フランクルは、ここにこそ
人間の本来あるべきあり方がある、と考えました。

そしてこの本来のあり方からはずれていく時
人間は、慢性的な欲求不満の状態に追い込まれていく
と考えたのです。
たとえば、もし人が、自分の欲しいもの、やりたいこと
なりたいものなどを探し続けていくとどうなるでしょう。
人間の欲望には際限がないので
「もっともっと」と何かを求め続けてしまいます。
そしてその結果
人は絶えざる欲求不満の状態に追い込まれていくのです。

ここでは「人間」と「人生」の関係に逆転現象が生じてしまっています。
「人生」は、「人間の欲求や願望」を実現する舞台のように
とらえられています。
そのために人は「欲望や願望中心の生き方」をするようになり
その結果「絶えざる欲求不満の状態」に追い込まれてしまうのです。

現代人がこうしたあり方から脱却するためには
人間はまず「人生から問われている者」である
というみずから原点に立ち戻らなくてはならないと
フランクルは考えました。

日々直面する人生の状況から発せられてくる問いかけに
精一杯応え、自分の人生に与えられた固有の使命(ミッション)
をまっとうしていく、という人間本来のあり方へと
立ち戻ることで、人ははじめて慢性的な不満状態から
解放されていく、とフランクルは言うのです。

フランクルは言います。

人間が人生の意味は何かと問う前に
人生のほうが人間に問いを発している。
だから人間は、ほんとうは
生きる意味を問い求める必要などないのである。
人間は、人生から問われている存在である。
人間は、生きる意味を求めて人生に問いを発するのでなく
人生からの問いに答えなくてはならない。
そしてその答えは、人生からの具体的な問いかけに対する
具体的な答えでなくてはならない。

つまり、「何のために生きているのか」という問いの答えは
私たちが何もしなくても、もうすでに、与えられてしまっている。

人生のこの素晴らしい真実を受け入れていくだけ。
人間は「人生から問われている」とフランクルが言う時
それはこのことを意味しているのです。

私たちは、生きる力というのはあくまでも
自分の意志の問題であり、あたかも自分の内部から
湧いてくるもののように考えがちですが
実際にはそうではないことが多いのです。
人間という存在の本質は、自分ではない誰か。
自分ではない何かとのつながりによって生きる力を
得ているところにあります。
自分を待っている何か(仕事)
自分を待っている誰かのつながりを意識した人は
けっしてみずからの生命を断つことはない。
とフランクルは言います。

各個人がもっている、他人によってとりかえられ得ない
という性質、かけがえないということは、意識されれば
人間が彼の生活や生き続けることにおいて担っている
責任の大きさを明らかにするものなのである。
待っている仕事、あるいは待っている愛する人間
に対してもっている責任を意識した人間は
彼の生命を放棄することが決してできないのである。

フランクルが求めているものは
「自分の欲望や願望中心の生き方」から
「人生からの呼びかけに応えていく生き方」
「意味と使命中心の生き方」への転換です。
こうした生き方の転換によってはじめて
私たちは生きる意味を実感しながら生きることができると
フランクルは考えたのです。

すると、それに伴って
人間の「幸福」についての考え方も変わってきます。
フランクルは、幸福は求めることができないものであり
求めようとすればするほど、手に入れようと思って
追えば追うほど、逃げていくものだという
幸福の逆説性を見て取りました。

逆に、幸福それ自体を追い求めるのはやめて
仕事にただ夢中になって没頭したり
愛する人を心を込めて愛し続けていれば
結果として、おのずと幸福は手に入ってくるものだと言います。
つまり、自分の幸福、自分の喜びを追いかけ回しているうちに
人は目の前にニンジンをぶら下げた馬のように
「永遠の欲求不満の状態」に陥り
結局、ほんとうの幸福も喜びも得られなくなってしまう
というのです。
「幸福」という言葉を「自己実現」という言葉に
置き換えても、ほぼ同じことが言えます。

もちろん、「自分らしく生きること」は
けっして悪いことではありません。
しかし、自己実現の追求は、幸福の追求に似てきりがないのです。
どこまで行っても、決して満足することはありません。

フランクルは、自己実現を追求する現代人の風潮に疑問を呈し
それは「ブーメラン」のようなものではないかと言いました。

ブーメランは、目標とするものにヒットしなかった時に
自分のところに戻ってきます。
これになぞらえて言えば、自己実現を求め続けている人は
永遠に目標がかなえられない状態にあって
ブーメランを飛ばしては受け、飛ばしては受け
しているようなものだと考えたのです。

幸福追求と自己実現の堂々めぐりの弊に陥らぬよう
フランクルが提唱する生き方の
「コぺル二クス的転回」の意味を
いま一度よく考えてみる必要があります。

被造物の救い
たとえば、もはやこの地上に何も残っていなくても
人間は、瞬間であれ、愛する人間の像に心の底深く
身を捧げることによって浄福(じょうふく)
になり得るのだということが私に判ったのである。
収容所という、考え得る限りの最も悲惨な外的状態
また自らを形成するための何の活動もできず
ただできることを言えば
この上ないその苦悩に耐えることだけであるような状態
このような状態においても人間は愛する眼差しの中に
彼が自分の中にもっている愛する人間の精神的な像を想像して
自らを充たすことができるのである。

このように、フランクルは妻を想うことで苦痛に耐え
収容所の過酷な状況の中を生きしのいでいく力を得たのです。
消息不明の妻は、もしかすると他の収容所で
すでに亡くなっているのかもしれません。
しかし、そのことを知る由もないフランクルは、こう言います。

愛する人間が生きているかどうか
ということを私は今や全く知る必要がなかった。
そのことは私の愛、私の愛の想い、精神的な像を愛しつつ
みつめることを一向に妨げなかった。
もし、私が当時
私の妻がすでに死んでいることを知っていたとしても
私はそれにかまわずに今と全く同様に
この愛する直視に心から身を捧げ得たであろう。

たった一度でいい。
かつて本当に深く愛し合った経験があり
それが心の中に刻まれているならば
人はそれを支えにして生きていくことができるのです。
誰かと深く愛し合えたという「思い出」が
人間を最終的に救う力を持つのです。

同様のことを述べているのがドストエフスキーです。
「カラマーゾフの兄弟」の最後の場面に
「人間は結局、何によって救われるのか。
それは、たった一つでいい。本当に自分が愛した人
自分が本当に大切に思う人と深く触れ合うことができたという
その一瞬の思い出があれば人間は救われるのだ」
といった趣旨のことを述べた言葉があります。
本当にそうだと私も思います。
ただ、そのことを思い出すだけで、心が豊かに満たされ
生きていてよかったと思えるような記憶。
それが体験価値です。

生命そのものが一つの意味をもっているなら
苦悩もまた一つの意味をもっているに違いない。

苦悩もわれわれの業績であるという性質をもっているのであり
それこそリルケをして
「苦悩の極みによっていかにたかめられし」
とうたわせたものなのである。

フランクルは、容易なポジティブ・シンキングによって
前向きに生きるよりも、悩むべき人生の本質的問題に
直面した時には、それをごまかさず
目をそらさず、真正面から、とことん苦悩してよいし
そうすべきだ、苦悩には意味があるし、苦悩の極みにおいてこそ
人間精神は真に高められていく、と考えたのです。

人間は、つらい時には
「このつらさがなくなったらどんなに楽だろう」
と思います。
それはたしかにそうなのです。
しかし、つらいはずの時に、そのつらさを感じることが
できなくなるのも、またつらいことなのです。

私たちは、恋をすれば胸がどきどきしますし
桜を見れば「春が来たな」と気分に変化を感じます。
それと同じように、苦しい時には「苦しい」と
悲しい時には「悲しい」と感じることが自然なことだし
またそうありたいと思っています。
何も感じられなくなることは
苦しむべき時に苦しいと感じることより
さらにつらいことなのです。

苦悩することは人間の「能力」の一つである
とフランクルは言いました。
そして、そのさまざまな悩みの中でも
人生の意味について思い煩うことは
人間のもっとも人間的なものの表現であると
彼は考えました。
人が自分の人生の意味に疑問を感じること
自分の人生に何の意味があるのかと疑うことは
人間のあらゆる悩みの中でも
もっとも人間的な悩みだとフランクルは言うのです。

犬や猫は自分の生の意味を問うたりはしません。
ただ、その瞬間、瞬間を、本能に従って生きています。
人生の意味に疑問を感じることは
人間固有の能力なのです。

人間性心理学の基礎を築いた
アブラハム・マズローによれば
人が「高次病」にかかるのは
精神が高いレベルに達した人間が
さらなる心の成長へと飛躍的に向かい始めた時です。
そうした時に、人は同じことの繰り返しや
毎日の変化のなさ、達成感のなさなどに空虚なものを感じて
人生に対する理由なき疑問にかられたりするのです。

その人に高い精神性が備わり始めている最中だからこそ
その精神性にふさわしくない日々を過ごしていると
「このままではいけない」という
心のメッセージが、得体の知れない不安や
理由なきイライラとなって表れるのです。

「自分はなぜこんなに悩んでばかりいるのだろう」
「こんな人生、もう嫌だ」と感じている方がいたら
それを無用の苦しみだと考えたり
ネガティブな意味しか持たないものとして
片づけてしまったりしないでほしいのです。
もしかしたらその否定的な気分や感情は
さらなる成長に向けてあなたが大きな一歩を
踏み出し始めているからこそ
生じているのかもしれないのです。

フランクルは、ただ悩むことに意味がある
と言っているのではありません。
「誰かのため」「何かのため」の苦悩が
本来的な苦悩であると言っているのです。
彼の中には、人々に生きる力を与えたい
絶望の中に小さな希望を見出すための支えになりたい
それが自分の使命なのだという思いがありました。
だからこそ、彼の苦悩は意味を持ち
自分自身の生きる支えにもなったのです。

人は絶望の淵に陥った時にこそ
しばしば人生の意味を問い求め始めるものなのです。
絶望の底にある時にこそ、ひらりと反転して
精神性の高みへと飛翔しうることがあるのです。

絶望の果てにあってこそ、光は差し込んでくるのです。

フランクルは苦悩を正面から引き受けよと言いました。
悩むべき時には、徹底的に悩めと言いました。
悩んで悩んで悩みぬき、底まで落ちきった時こそ
不思議に自然と道が開けることがあるのです。

フランクルは安易なポジティブ・シンキングを
いさめましたが、それは苦悩というものが
人間の精神的成長にとって欠くことのできないものである
ことを知っていたからです。

フランクルのこれらの言葉は
私たちが絶望的な状況にある時に
かすかな希望の光を与えてくれます。
ではなぜ、フランクルの本がこれほどまでに読まれるのでしょうか。
その理由の一つは
彼の著作が「読書療法」としての効果を持つことにあるでしょう。
そして実際、フランクルの著作は
読むだけで治療効果があるのです。
たとえば、フロイトやユングやロジャーズを読んで
感銘を受けたという、カウンセラーや
心理療法家や精神科医は少なくないでしょうが
フロイトやユングやロジャーズを読んで立ち直った
自殺するのをやめた、というクライアントには
私はまだ会ったことがありません。

その意味でも、やはり
フランクルの著作は際立っているのです。