↑より抜粋

 

古今集時代の「きみ」は

主人、家長、友人、愛人などを意味する二人称

三人称で幅広く使われていた。

つまり「君」は天皇を指しておらず

従って当然天皇賛歌では無く

不特定の「相手」の長寿を願う「賀歌(がか)」

賀の歌=祝いの気持ちを表した歌

特に長寿を祈る歌だったということだ。

 

江戸時代の日本には国旗も無ければ国歌も無かった。

特に国旗というのは他の国と区別するために用いるものである。

鎖国をしている限りそんなものは要らない。

しかし日本も外洋航海できる蒸気船を保有するようになると

他国の船と区別する必要が生じた。

そこで、昔から日本人好みのデザインとして知られており

戦国武将も自分の旗指し物に使っていた

「日の丸」を取りあえず船印として採用した。

それが日本を象徴するデザインとして

諸外国にも広く知られるようになり

結局国旗として採用されることにもなった。

 

一方、国歌を演奏しなければならない

という場面はなかなか訪れなかった。

軍楽隊も無ければ国賓の来訪も無かったからである。

しかし、さすがに

大日本帝国としての体裁が整ってくるとそれが必要になった。

他国との公式行事を行なう際は

双方の国歌を演奏するのが国際儀礼である。

そのためにフェントンは、日本側に

「国歌を早急に作成する必要がある」

と説いたのであろう。

 

(フェントンの曲は歌詞とまったく合わず

きわめて不評だったので

宮内省雅楽課に作曲が委嘱(いしょく)され

伶人長(れいじんちょう)の

林広守の旋律(せんりつ)が採用され

ドイツ人エッケルトが編曲した。

これが現在知られている「君が代」である)

 

それに対して

たまたま「担当者」になってしまった大山巌(いわお)は

おそらく多くの人が知っている

おめでたい歌ということで

「君が代」を推薦したに違いない。

私はこの大山のセンスに敬意を表したい。

 

世界の国歌はだいたい二種類に分類できる。

一つは「国あるいは国王に対する祝歌」であり

イギリス国歌、アメリカ合衆国国歌が代表的なものである。

もう一つは「軍歌」であり

フランス国歌、中華人民共和国国歌が代表的なもので

これらの歌詞はきわめて過激である。

 

ところが「君が代」はそのどちらでも無い。

国歌というのはトランプ大統領と同じで

「自国ファースト」であるのが常識だが

この歌は自分では無く相手の幸福を祈るものなのである。

西郷隆盛のイトコで陸軍畑を歩んだ大山だが

後妻には会津出身の山川捨松(すてまつ)を迎え

夫婦の会話は英語でするという開明的なところもあったから

「君が代」を選んだのだろう。

天皇を「神」として持ち上げるつもりならば

他に国歌の候補はいくらでもあった。

 

「万葉集」なら

柿本人麻呂(かきのもと の ひとまろ)の

 

「大君(おおきみ)は神にし座(ま)せば

天雲(あまくも)の雷の上に廬(いほ)らせるかも」

 

などという類の天皇賛歌が何首もある。

しかし大山はこれらを選ばなかった。

幕末の武士としてこれぐらいの歌は知っていただろうし

知人友人にそれを求めることもできたろう。

後の事はともかく、この時点では

「君が代」は天皇賛歌では無い。

天皇賛歌だったら「君」では無く「大君」であり

「代」というのは失礼で

「御代(みよ)」でなければならない。

 

では「大君の御代」では無い

「君が代」はいったいどんな意味なのか?

子供のころ「いわおとなりて」の部分を

「岩音鳴りて」だと思い込んでいた人も

結構いるのではないだろうか。

 

君が世は

千代に八千代に

さざれいしの

巌となりて

こけのむすまで

 

(大意)

あなたの御寿命は

何千年も

小石が寄り集まって

巌(巨大な岩)と成り

それが苔むすまで続きますように

 

つまりこれは

「河原にある小さな石が

長い年月をかけて大きな岩に成長する」

という意味で、「君が代」つまり

「あなたの時代、あなたの寿命」が

それほど「長い年月」続いてください

というのがこの歌の全体の意味である。

 

では実際には

「小石が長い年月をかけ大岩に成長する」

ということはあり得るのだろうか?

一般的にはむしろ大岩の方が

川の流れなどの物理的な力によって小石に分解される

という考え方の方が合理的であると言えないことも無い。

そこでかつて「左翼系」からは

「この歌は非科学的だ」という批判が浴びせられた。

 

ところが、この事に不快感を抱いていた

「右翼系」の人々を喜ばせるニュースがあった。

岐阜県在住の小林宗一という石の研究者が

揖斐(いび)郡春日村で発見され

県指定の天然記念物となっていた

「石灰質角礫岩(かくれきがん)」こそ

「さざれいし」だという研究結果を発表したのである。

 

これはまさに小石が石灰質に取り込まれて

大きな岩に成長したもので

小林説はこの石の存在が都にも知られ

「君が代」という歌が作られるきっかけとなった

というものだ。

 

残念ながら、それを確実に証明する史料は存在しない。

しかし、この石は古くから存在するものだから

小林説をまったく否定することもできないのだが

私は「小石が大岩に成長する」という考え方は

こうした「実物」以前からあった考え方だと思っている。

 

この一件は、そもそもの発端となった「左」の批判がおかしい。

「君が代」の原典は、今から一千年以上も前に詠まれた和歌である。

それを現代の科学的常識で批判するのは、不公正な行為である。

言いがかりと言ってもいい。

 

現代ですら、たとえば「千の風になって」という歌を

「人間の魂が死後「風」になるなんて非科学的だ」

と批判することは、まさに言いがかりであろう。

そもそも日本には古くから

「塵も積もれば山となる」ということわざもある。

それを前提に考えるのが歴史を的確に見る方法だ。

そう考えれば

「そんな言いがかりをつける人間は文化の本質

歴史の本質がわかっていない」

と批判すればいいだけの話だ。

 

というわけで

これ以上この不毛の論争につき合うのはやめにしよう。

 

国歌「君が代」に関する最大の問題は

この「君」があきらかに「天皇」のことでは無いのに

多くの日本人がこれを

「天皇賛歌」だと思っていることだ。

もちろんそう思っている人が大勢いるのには理由がある。

明治以来の「天皇を中心とした国家体制」に原因がある。

大山巌も含めてこれが後世つまり昭和時代になって

「天皇制絶対の賛歌」になるとは思っていなかったと思う。

しかし、日露戦争、第一次世界大戦を経て満州事変

支那事変(日中戦争)と日本が果てしない戦争に突入していく中で

「君が代」の位置付けはあきらかに変わった。

 

 

世界共通の国旗や国歌に対する礼儀作法というのは

自分の国の国歌なら起立して斉唱し

他国の国歌なら起立して敬意を表すことだろう。

それをしないということは、国歌として認めないということだ。

 

卒業式などで教職員が起立して

国歌を歌わなければならない義務など無いし

そうしなかったことを理由に

校長等が教職員を罰するのは「思想・良心の自由」を保障した

日本国憲法第19条に違反する、というものである。

 

「君が代」が日本国の国歌であることは認めない

という考えを持っているに違いないということだろう。

 

こうした「君が代」反対論者のほとんどが固執している

「憲法9条改正絶対反対」も根底にはそれがある。

 

ところが、一千年以上におよぶ長い「君が代」の歴史で

「君が代」が本当の意味で

「現人神に対する儀式歌・奉祝歌」だったのは

長く見積もっても昭和12年から

昭和20年までのたった8年間に過ぎない。

それ以外はちゃんとした国歌だった。

「君が代」は「自分では無い他人の幸せを祈る歌」なのである。

民主主義社会にもっともふさわしい国歌ではないか。

 

国家主義に利用された

「前科」「前歴」があると言っても

それはほんのわずかな期間である。

それをあげつらい「君が代」をおとしめるのは

「罪はケガレ」という神道的迷信にとらわれた態度であって

真の民主主義社会に生きる人間の取る態度では無いと私は考える。

 

この巻つづく

 

日本人がユダヤに繋がりがあるのはわかるけど

日本人のルーツとなると?で

シオン賢者の議定書の内容が嫌なので

偽ユダヤが日本に来て弥生時代から支配してきたのでは?と思う


 

ユダヤのヘブライ語と日本語が似ているのは有名な話だ

 

ミカド (帝)     - ミガドル (高貴なお方)

ミコト (尊)     - マクト  (王、王国)

ネギ  (神職)    - ナギット (長、司)

ミササギ(陵、墳墓)  - ムトウサガ(死者を閉ざす) 

アスカ (飛鳥)    - ハスカ  (ご住所)

ミソギ (禊ぎ)    - ミソグ  (分別・性別) 

ヌシ  (主)     - ヌシ   (長)

サムライ(サムライ)  - シャムライ(守る者)

ヤリ  (槍)     - ヤリ   (射る)

ホロブ (滅ぶ)    - ホレブ  (滅ぶ) 

イム  (忌む)    - イム   (ひどい)

ダメ  (駄目)    - タメ   (ダメ・汚れている) 

ハズカシメル(辱める) - ハデカシェム(名を踏みにじる)

ニクム (憎む)    - ニクム  (憎む)  

カバウ (庇う)    - カバア  (隠す)

ユルス (許す)    - ユルス  (取らせる)

コマル (困る)    - コマル  (困る)

スム  (住む)    - スム   (住む)

ツモル (積もる)   - ツモル  (積もる)

コオル (凍る)    - コ-ル  (寒さ、冷たさ) 

スワル (座る)    - スワル  (座る)  

アルク (歩く)    - ハラク  (歩く)

ハカル (測る)    - ハカル  (測る)

トル  (取る)    - トル   (取る)

カク  (書く)    - カク   (書く)

ナマル (訛る)    - ナマル  (訛る)

アキナウ(商う)    - アキナフ (買う) 

アリガトウ(有難う)   - アリ・ガド(私にとって幸福です) 

ヤケド (火傷)    - ヤケド  (火傷) 

ニオイ (匂い)    - ニホヒ  (匂い)

カタ  (肩)     - カタフ  (肩)    

ワラベ (子供)    - ワラッベン(子供)

アタリ (辺り)    - アタリ  (辺り)

オワリ (終わり)   - アハリ  (終わり)