日本列島は龍の形で世界の雛形なので何か秘密がありそう

 

以下、チヒロサトさんのFacebookより転載

 

【岩木山は日本の頭頂チャクラだった】

 

青森の岩木山にアクセスしてみようと思いついたのは、まるで何かに導かれているような展開からだった。

転居についての問題で個人セッションしていたときに、東北に魂の縁があるんじゃないのかという話になったら、その人は青森の龍脈の解放に関わっているという話をし始めた。

2週間前に鞍馬山の封印を解いたときに、東と西の龍脈が繋がったという感覚があったので、東北から諏訪、琵琶湖を通って西に繋がる龍脈があるはずだと思っていた。

そのカギが、どうも青森にあるようなのだ。

 

青森には、青森市の大星神社を起点にした北斗七星のレイラインがあるという。

ところで、このレイラインは、坂上田村麻呂が津軽の縄文民族を討伐したあとで、縄文の鬼たちが復活しないように作ったものなのだという。

つまり、縄文の聖地の繋がりを遮断して、力が出ないようにするための封印なのだ。

それならば、そのあたりに縄文の重要な聖地があり、そこが東北の龍脈の要なのだろう。

その龍脈を封じているのが、おそらくはその北斗七星のレイラインなのだ。

 

坂上田村麻呂は、岩木と耕田の縄文を討伐したとあったので、それがどこなのかを調べてみると、岩木は白神山地の岩木山、耕田は八甲田山の古い名前であるらしい。

岩木は、北斗七星のレイラインの一点にもなっていたので、まずは岩木山にアクセスしてみたら、東北の龍脈がどうなっているのかわかるんじゃないかと思った。

 

岩木は、古くは岩鬼と書いたのだそうだ。鬼がつく地名は、縄文の土地を表している。

岩木山は津軽富士とも呼ばれるそうで、山頂あたりは峰がいくつもに分かれているけれど、富士山型のきれいな形をした山だ。

画像を見ただけでも、パワフルなエネルギーを感じるから、おそらくこれが重要なポイントなのだろう。

 

青森にはねぶた祭りというお祭りがあるけれど、これは坂上田村麻呂がアテルイを討伐するときに、お祭り騒ぎをして縄文人たちを誘い出し、出てきたところを討ち取ったという伝説を再現したものなのだという。

この話は、出雲のヤマタノオロチ退治の話にも通じている。

8つの頭を持つ大蛇とは、実は出雲の縄文の8つの部族の首長のことであり、和合の宴会をするからといって首長たちを集め、強い酒を出して酔っ払ったところで、討ち取ってしまったという話が、ヤマタノオロチ退治の話になったのだという。

熊野の神武天皇の東征でも、同様な話が出てくる。

「荒ぶる神たち」として出てくる縄文の首長たちを、宴会に招んで、酒が回ったところで、斬り殺してしまったということが、「古事記」に書いてある。

出雲や熊野の縄文人たちはとても強くて、大和朝廷に支配されなかったのだけれど、もともと友好的な民族だったので、和合の宴をしようというような話には騙されてしまったのだ。

そのことを知っていた坂上田村麻呂は、手強いアテルイに対して同じ手を使ったのだろう。

 

出雲も熊野も、国譲りがあった土地だから、大和朝廷に匹敵するような国がもともとあったのだ。

しかし、縄文民族は中央集権的な政治システムを持っていたわけではなく、それぞれの部族の首長がいて、そのネットワークのようなものがあっただけなのだろう。

それぞれの部族には、トベのような神女がいて、山の上の聖地を守っていた。

山の裾野の方に男たちがいて、聖なる山を侵略者たちから守っていた。

それが、8つの頭を持つ大蛇というイメージになったわけなのだ。

聖なる山を奪うためには、裾野の8つの部族の男たちの頭を集めて、酒を飲ませて酔っ払わせた上で、斬り殺してしまえばいい。

それを坂上田村麻呂は、津軽の縄文人たちに使ったということなのだろう。

そのことは、東北にも出雲や熊野と同じくらいに大きな縄文の国があったことを示しているように思える。

 

大和朝廷が東北を征服しようとしたのは、何よりも金が出るからだったらしい。

平泉や佐渡は金山で有名だけれど、金が出た土地には、今でも金脈の波動が強く残っているようなところがある。

金のエネルギーとは、豊かさのエネルギーそのものだ。

別に何があるわけでもないのに、実に豪奢な暮らしを楽しんでいるような、不思議な感覚がある。

実際、金が出るようなところには、温泉が湧いて、魚介類が豊富だったりして、山の幸海の幸が贅沢すぎるくらいにあるようなところが多い。

金脈が発する特殊な波動とは、大地がふんだんに供してくれるこの豊かさに気づく力だと言えるかもしれない。

私たちの意識が現実を作り出しているのだから、私たちが豊かさをふんだんに受け取っているという意識を持てたら、大地も豊かさを産み出すということになる。

豊かさを自覚している人たちが、たがいに持っているものを交換し合い、さらに豊かになっていく。

縄文人たちは、そのように金脈の波動に守られて、広範囲で交易を行なって、豊かな暮らしをしていたのだろう。

平泉や佐渡だけではなく、金脈のようなエネルギーは東北全体で豊かに感じることができる。

そのことからして、東北にはいたるところに金が出たのじゃないかという気がする。

金のエネルギーは、東北の龍脈の重要な要素かもしれない。

 

それで、岩木山の画像を使って、封印解きクラブのメンバーで、岩木山のエネルギーに遠隔アクセスしてみた。

すると、龍のような姿を見た人が多かった。

青灰色だとか青緑色だか白だとか、色は違っていたけれど、とにかく龍だった。

誰にも気がつかれないで、閉じ込められている龍の悲しいイメージを見た人もいた。

光り輝く白龍のイメージを見た人は、白山と同じエネルギーを感じたと言っていた。

前に白山にアクセスしたとき、中から白龍が出てきて、弁天のような女神の姿になった。

白山といったら、ククリヒメだけれど、それは瀬織津姫とも同じ存在のように思え、サラスヴァティのような宇宙創造女神なようにも思えた。

おそらくは、縄文の神女たちが山の磐座で祀っていた存在は、瀬織津姫やククリヒメよりもずっと大きな存在で、宇宙女神でありかつ地球母神であるようなとてつもない大きさを持った力なのだろう。

そしてそれが、北極星と繋がっているようなのだ。

岩木山から上に向かって女神が出てきたと思ったら、それが北極星と繋がっているようなイメージが出てきた。

北斗七星といったら妙見信仰で、妙見とはつまり北極星なのだけれど、そのもともとのものは、あるいは縄文にあったのかもしれない。

北極星というのは、その星自体に何かがあるということではなくて、地球の回転軸を表している。

地球が宇宙の中で回転しているということを意識して生きるべきだということを示しているのが、北極星だということらしい。

地球もすべての生命体と同様に、トーラス状のエネルギーの流れがあり、それは北極と南極の軸を中心にしている。

北極星は、この地球の軸とトーラス状のエネルギーの流れの方向を表しているということになる。

縄文の人々は、北極星に従って生きていたようなのだ。

「お天道さま」を信じて生きるように、縄文の人々は、北極星を信じて生きていたようだった。

北極星を信じるとはつまり、宇宙意識で生きるということであり、自分がこの地上で何をしに来たのか、その地球での使命のようなものを意識して生きるということだ。

波乱万丈の人生を送ってきた人なら、知っていると思うけれど、そういう宇宙の導きに従ってさえいれば、何のあてもなくても、不思議とすべてはお膳立てされるように運んでしまったりする。

その感覚のことを、縄文の人たちは「北極星に従って生きてさえいれば」と言っていたようだった。

坂上田村麻呂が東北の縄文の力を封じるために、北斗七星のレイラインを作ったのは、人々の意識を北極星から支配権力へとつけ替えるためだったのかもしれない。

北極星ではなくて、神社の社の方を拝めということなのだ。

社に祀ってあるのは、大和朝廷に繋がる天津神だ。

縄文の山の神ではなく、社の天津神を拝ませることで、縄文人たちが大和朝廷に逆らう力を持てなくしようとしたのじゃないかと思う。

この縄文のもともとの岩木山の力を解放するには、どうすればいいのだろう?

それで、縄文時代の岩木山に戻って、山の存在とアクセスしてみることにした。

すると、岩木山がずっと軽くなっていて、人々がまるで空を飛ぶようにして生活しているイメージが出てきたりした。

人々がまるで白っぽい巨人のようになって、山のような大きさで見えていた。

ケルトの古代神話では、神々は巨神だったというけれど、それは意識体としての大きさなのだろう。

ケルトも縄文も、宇宙的な意識で生きていたようだ。

だから、当時の人々も、巨神のような意識体の大きさを持っていたのかもしれない。

そして、その頃の人々は、ずっと大きなスケールで世界と交流していて、北の方、大陸の方と大きな交易圏を持っているようなイメージが現れたりもした。

それが、今は身体に剣が刺さって、地面に串刺しにされているみたいに、地べたに止められているようになっているようだった。

だから、その串刺しになった剣を跳ね飛ばしてしまえばいいんじゃないかということになった。

それで、楊枝がたくさん地面に刺さっているみたいに封印がかけられているイメージをこしらえて、その楊枝がいっぺんに跳ね飛んでしまうイメージを作ってみることにした。

それでどうも、うまいこと何かが開いたようなのだ。

参加者の顔が、頭の真ん中の松果体のあたりから光が射しているような感じに変わっていた。

地球の頭頂チャクラであるというチベットのカイラス山を開けたときにわかったのだけれど、頭頂チャクラとは、松果体のあたりから頭頂を通って宇宙と繋がっている感覚器のようなもので、それは、自分がどこに導かれているのかをはっきりと知る力なのだ。

つまり、自分にとって何が正しいのかを、はっきりと知る力だ。

これは、知識とか教養とかとは関係なく、誰でも生まれつき持っている力だ。

それが、岩木山のエネルギーを開けたら、見事に開いたようなのだ。

岩木山は、日本の頭頂チャクラだったのかと思った。

そして、頭頂チャクラは北極星に繋がっていたのだ。

その繋がりこそが、岩木山のエネルギーであり、日本中にある白山や妙見山のエネルギーだったのだ。

ここに来て、どうして岩木山を開けることになったのかわかった。

封じ込められていた東北の龍とは、これだったのだ。

これは何と、日本の頭頂チャクラだった。それが、東北のところで押さえられて、封じ込められていたのだ。

岩木山が開いたら、日本の龍がいよいよ本当に起きるのだと思った。

これまで、日本から世界が切り換わっていくのだというメッセージをいろいろな人が受け取っていたけれど、それらしいことがちっとも起こらないので、あれは嘘だったのかと思っていた。

私自身、2018年の頃、日本のところに光の剣が入って、そこから地球がぐるりと皮が剥けるように表皮がはがれていく鮮烈なイメージを見たことがある。

表皮が剥がれたあとに出てくる地球は、光り輝いていて、とても美しかった。

だけど、この3年間、世界のあちこちで人々が目覚め始めているようなのに、日本はまるで深く眠り続けているようなのだ。

世界が日本から変わっていくなんてやっぱり日本人の贔屓目にすぎなかったのかもしれない、と思っていた。

日本の龍は、何と宇宙と繋がっていたのだ。

こんなとてつもないものだったのなら、最後まで眠っていたとしても、無理はない。

このまま行ったら、日本は台湾の戦争に巻き込まれるか、あるいは人工地震の攻撃に遭うかしそうな流れなのだけれど、あるいはそこまで行かなければ目覚めないのかもしれない。

でも、もし今のうちに日本の龍を起こせば、その事態は避けられるんじゃないかと思った。

岩木山が開いたところで、これで日本の龍は目覚めたんじゃないかという気がした。

何がどうなっていくのかはわからないけれど、とにかく今は日本に希望が持てる感覚がある。

日本の龍は、北極星と、つまり地球の軸と繋がっていたのだ。

そして、どうやらそれが開き始めたようなのだ。

 

転載以上

 

ちなみに5月23日 仕事帰りの20時半頃

西の空で並んでいたので珍しいと思い撮ったけど

後で金星と知った