脳外科手術1 経緯
http://ameblo.jp/201702271020/entry-12251862958.html
手術前の検査期間二日間を終え
遂に手術当日に。
「脳外科手術1 経緯」でも書きましたが
手術は初めてではなく今回の脳外科手術も大変落ち着いていました。
もちろん初めての開頭手術なのでそのことに関する緊張感はありましたが、
難易度の高いものではないと聞いていたので。
前日の夜から絶食状態。
事前に全身麻酔の危険性や起こりうる副作用等について説明を受け同意書を書く。
薬の副作用等出たこともないので何とも思っていませんでした。
当日ストレッチャーに乗せられ手術室まで。
遠方に住んでいる兄や母の友人(幼馴染のお母さん)も来てくれ
和やかにカラカラカラ。。。と運ばれていく。
手術室の入口でさようなら。
待合コーナーのようなところで呼ばれるまで順番待ち。
ベンチにみんな黙って座っている。
誰がどのような病気なのかはわからないけれど、
みんな思い思いのことを考えて座っているんだろうなと思うと
不思議な感じがしました。
お父さんに抱かれ大泣きしている子供いて
可哀そうでもらい泣きしそうになりました。
手術室へ呼ばれる。
大学病院で研修医の人もいるからか、
平均年齢は若めで和気あいあいしている雰囲気でした。
頼りないと思う人もいるだろうけど、
私はなんとなくその方が気楽で心が落ち着きました。
全身麻酔を投与。
初めての全身麻酔だったのですが、
本当にあっという間に意識が飛ぶんですね。
私は麻酔が効かなかったらどうしようなどと心配していましたが、
まったく的外れの心配であったようです。
手術時間は2時間ほど。
ふと目が覚める。
地獄。
頭痛、嘔吐、寒気、震え、意識白濁、全てが奇襲をかけてきた。そんな感覚。
いや、感覚なんてものはなくて、
体がひどいで震えで動かせないものの頭がパニック状態。
これ、手術失敗したのか?と頭をよぎった時
「手術成功しましたよ」
との声が遠くから聞こえてきた。(実際はすぐそばで言われてたのですが)
後から聞いた話、
母や兄もあまりの姿に手術が成功したとはとてもじゃないけど思えなかったそうです。
兄は声をかけようにも目の前に光景に絶句してしまったとのこと。
意識が朦朧としながらも自分の症状を必死に訴えかけた覚えがあります。
「寒い」
「気持ち悪い」
「痛い」
温風をベッドに吹き込んでくれるのがわかりました。
それでも寒い。
そして何も胃袋に入っていないのに吐き気だけがおさまらず胃液を吐き出す。
何よりもひどいのが頭痛でした。
開頭したのだから当然なのですが想像を遥かに超える激痛でした。
どちらに頭を動かしても痛い。
痛くない位置を見つけても同じ体勢を保てない。
頭の手術とはこんなに術後が辛いのか、とそればかり考えていました。
「しないよりはした方がよさそう」
くらいの軽い気持ちでした手術。
この時はなぜこんなに痛みを伴う手術をたかが頭痛の為にしてしまったのだろうと
悶々としてしまいました。
実際は頭痛の上に視野欠損と大いに日常生活に支障をきたしていたので
するべき手術ではあったのですが
その時はとにかく辛く苦しく。。。
食事も水分補給もそれから24時間させてもらえませんでした。
あんなにも1日が長いと思ったことは朝4時までの残業をした時も卒論が終わらずほぼ3日徹夜したときもありません。
ICUに隔離され、外に軽く見える光しか見えるものはなく、
声を発するだけでも痛みが走る頭を枕に横たえ
聞こえてくるのは外で話している看護師の声と
エコノミー症候群防止の空気圧を利用した足マッサージ装置の「スコーッ」という音だけ。
誰に何をされてもコロッと死んでしまいそうな無防備な状態
とてもむなしい気分になりました。
一日ICUで過ごした後、
一般病棟に戻されました。
最初は食欲もなく、頭痛は相変わらず続き
寝苦しい日が4,5日続きました。
手術から4日目くらいのときに水で軽く頭を洗うことを許されました。
確かに洗いたい気持ちはありましたが、
その時は傷口に触れることの恐怖の方が勝っており
あまり気が乗りませんでした。
実際触ってみるとチクチクとホチキスのようなものが留めてあるのが確認できました。
痛みはありましたがそんなにひどいものではなく我慢して洗いました。
さっぱりすると気分もよくなり、それからは順調に回復していきました。
病院内の庭園を散歩したり、
見舞いに来てくれた友人に会ったり。
回復してしまえば衣食住確保された病院は快適そのものでした。
手術前後を合わせて入院期間は2週間ほど。
担当医初め病院の方々には大変お世話になりました。
そして、毎日病院に通い様々な世話をしてくれた母にも大変感謝です。
