勤務中でしたが、
金曜日の昼過ぎののんびり気分は吹っ飛び、
驚愕しつつも何がなんだかわからず、
とにかく母に電話をしました。
妹とも電話で連絡を取り合い、
週末などと悠長なことは言ってられないので、
いてもたってもいられず夕方私も妹も実家にいきました。
先に妹が着いており、病院で受けた説明を
母がもう一度私にしてくれました。
肺がんは大きく分けて2つあり
パパはたちの悪い小細胞がんであること、
既にリンパや肝臓に転移しておりステージ4であること、
手術はできないので抗がん剤治療をすること、
今後の治療の内容やスケジュールのこと、
もし何もしなければ余命は4カ月程度と言われたことなど。。。
感情的にならず冷静にみな話をしていましたが、
「毎年必ずガンの専門病院で丁寧な人間ドックを
受けているのに、なんで急にそんなことになっちゃったん
だろう。。。」という気持ちでいっぱいで、
今思うとふわふわと話を聞いていたようにも思います。
晴天の霹靂とはこういうときに使うんだ
(普段ちょっとやそっとの時に使っちゃいけないんだ)と
思ったことを覚えています。
パパは「ネットで検索したら5年後の生存率が低い」と
がっかりしていましたが、
このときは「いつかパパは死んじゃうのか?」と思いつつも
「まずは抗がん剤治療、治療はうまくいくはず」という
気持ちのほうが強く、
ただ、
漠然と降ってわいた「死」に対する不安を感じた、と言えます。
久しぶりに家族4人で囲んだ夕食のメニューは
覚えていません(母が作ってくれたことは覚えています)が、
お通夜のようでみな言葉少なでした。
その晩はそのまま実家に泊まりました。
父と母が寝た後、妹と赤ワインを飲みながら、
「これからなんだか大変なことが起きちゃうのか」と
また漠然とした不安を感じたことも覚えています。
この日から約1年4カ月間の闘病が始まりました。
